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平成21年7月

<対馬危機>買収地視察、海空自衛隊基地を訪問

 対馬視察の一日目は、韓国資本により買収された自衛隊隣接地の視察、そして海上自衛隊対馬防備隊本部と航空自衛隊第19警戒隊基地をそれぞれ訪問致しました。

 対馬市猛竹敷にある宿泊施設「リゾート対馬」。対馬防備隊本部に隣接する真珠工場跡地に建てられています。かって天皇皇后両陛下もご訪問され、行啓記念碑も在ります。以前防衛省側は、基地拡張計画の関係で、この工場跡地の購入を検討していましたが、数千万の予算が下りずモタモタしている間に売却され、今は韓国側の保養施設になってしまいました。
 昨年同施設を訪れた際には、中に入れてもらえず、日本国民でありながら行啓記念碑を見ることもできませんでしたが、今年は一転、自由に出入りが出来るようになり、行啓記念碑を見ることもできました。昨年以降対馬危機をめぐる報道が相次いだこと、また韓国経済も停滞していることも作用したかと思います。この視察で、リゾート対馬には宿泊室は在るものの、施設側に調理資格を持つスタッフがいないため、調理施設が無いことも初めて分かりました。

 次に訪れたのが海上自衛隊対馬防備隊本部です。先ほどのリゾート対馬が目の前に在ります。この部隊の任務は、対馬海峡の状況及び同海峡を航行する各国艦船を監視で、本部の他、上対馬、下対馬、壱岐に警備所を配置しております。
 基地内で防備隊長(一等海佐)より直接ブリーフィングを受け、大日本帝国海軍時代を含めた基地の歴史、部隊の編成、対馬の地政学的価値などについて説明が行われました。
 同基地周辺には、先ほどのリゾート対馬以外に、韓国系保養施設「シーズンズ」も存在しています。

 航空自衛隊西部航空方面隊西部航空警戒管制団第19系警戒隊は、対馬の最北端から約5・6OOメートルに位置する海栗島(うにじま)に在ります。同島全体が自衛隊の管理下に在り、海栗島分屯地とも呼ばれております。居住している自衛官を除き、一般住民は居ません。先の大戦前前には陸軍の要塞(砲台)が置かれておりましたが、戦後米軍の管理下となり、その後日米共同管理を経て、昭和34年に日本側に全面移管されました。
 ここでも警戒隊長(一等空佐)より基地の概要や警備等について説明を受けました。安全保障上の理由から全ての情報が公開されているわけではありませんが、西日本西方空域、そして朝鮮半島空域の状況を警戒しているものと推察します。

 対馬は国境の島であると共に、国際海峡に在る戦略的要衝地でもあります。東西冷戦時代を含め、ソ連現在はロシアですが、北朝鮮、韓国、中国それに米国の軍艦や艦船が周辺に出没しています。単なる土地の買収だけでなく我が国の安全保障という観点からも、対馬を見て行く必要があると思います。

天皇皇后両陛下行啓記念碑の前で同行した水野むねひろ区議と森野弘司郎区議と。DSC01302.JPG
金網の手前が海上自衛隊対馬防備隊本部の敷地、その向こう側のオレンジ色の壁面の建物がリゾート対馬。DSC01321.JPG航空自衛隊海栗島分屯地からの帰り、フェリー船上で吉川町、中央区、横浜市、藤沢市、宝塚市他自治体議員の皆さんと。後方が海栗島分屯地。
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海栗島へ向かう途中、韓国から対馬海岸に漂着したゴミの数々。DSC01399.JPG

<対馬危機>視察議員団が福岡に集結

 対馬に対する韓国進出問題で、現地視察を行うべく、日本会議地方議員連盟対馬視察団が全国各地より本日福岡に集結しました。明日対馬に向かいますが、私にとり昨年に続き2度目の視察です。
 団長は松原成文川崎市議会議員、港区議会からは、水野むねひろ議員、森野弘郎議員そして私が参加、全国から31の自治体、議員51名、民間人7名、事務局2名の総勢60名となり、昨年参加した先遣隊15名に比べ4倍の人員となりました。
 参加した議員の自治体は以下のとおり。
陸前高田市、秋田県、埼玉県、秩父市、吉川市、港区、中央区、杉並区、荒川区、江戸川区、狛江市、青梅市、神奈川県、横浜市、川崎市、藤沢市、長野県、函南町、兵庫県、宝塚市、三田市、鳥取県、府中市、尾道市、徳島県、松山市、今治市、福岡市、苅田町、日田市、宮崎市。

 参照記事
平成20年11月 3日 対馬における韓国進出問題について http://herumi.jp/giin/post_9.php

 参照資料
日本の息吹ブックレット⑥ 防人の島 「対馬」が危ない! 国境離島を守るために
(日本会議地方議員連盟編 明成社)
山本も執筆に参加しております。購読ご希望の方は、ご連絡下さい。DSC01707.JPG

行財政等対策特別委員会開会 区組織・執行体制の充実策質疑

 午後1時30分より第3委員会室にて、委員会異動後初の行財政等対策特別委員会が開会されました。

 同委員会の構成は以下のとおりです。
委員長   樋渡紀和子(F民主)
副委員長 赤坂だいすけ(自民)
委員    山本閉留巳(F民主)・熊田ちづ子(共産)・風見利男(共産)・なかまえ由紀(みらい)・鈴木たけし(自民)・鈴木洋一(自民)・森野弘司郎(自民)・近藤まさ子(公明)・杉本とよひろ(公明)

 本日の議題は以下のとおりです。
1 報告事項
(1)「総合支所中心の組織・執行体制の充実策~人にやさしい創造的な地域社会の実現をめざして~」について
2 審議事項
(1)発案19第21号 地方分権時代にふさわしい行財政問題の調査について

  なお報告事項に先立ち、正副委員長からの挨拶、及び説明員として副区長及び部課長クラスの紹介も行われました。
 私の行った質疑については、後日議事録が上がりましたら掲載致します。

総務常任委員会開会 副委員長として初仕事

 午後1時30分、第4委員会室にて、総務常任委員会が開会されました。副委員長として初仕事です。
 同委員会の構成は以下のとおりです。
 委員長  杉原としお(自民)
 副委員長 山本閉留巳(F民主)
 委 員   鈴木たけし(自民)・鈴木洋一(自民)・赤坂だいすけ(自民)・林田和雄(公明)・星野喬(共産)・沖島えみ子(共産)・阿部浩子(F民主)

 議題は以下のとおりです。
1 報告事項
(1)米軍ヘリポート基地に係る地元アンケート調査及び騒音測定調査の実施結果について
(2)区外公有地(旧小諸高原学園)の取扱方針について
(3)土地の購入について(白金一丁目)
(4)工事請負契約について(港区立港陽中学校外壁等改修工事)
(5)港区の公会計改革の方向性について
2 審議事項
(1)発案19第9号 地方行政制度と財政問題の調査について
(2)発案20第1号 港区における平和行政の推進に関する条例

 なお報告事項に先立ち、正副委員長からの挨拶、及び説明員として副区長及び部課長クラスの紹介も行われました。
 先の第二回定例会最終日に行われた各常任・特別委員の異動により、私は総務常任副委員長を拝命致し、今日が初めての委員会となりました。従前の一委員(建設委員)と違い、慣例上正副委員長はほとんど質疑を行うことはしません。今回上記報告事項(4)の中で、港陽中の外壁工事について、代わりに同じ会派の阿倍浩子委員に質問をしてもらいました。質疑の詳細については、後日議事録が上がりましたら掲載致します。

三田五丁目で徒歩遊説

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 民主党東京都第一区総支部による徒歩遊説が三田五丁目で実施されました。弁士は海江田万里総支部長、誘導担当議員は山本が担いました。
 三田五丁目は、かっては芝三田豊岡町、芝三田松坂町と呼ばれておりました。大型マンションが在るかと思えば、その近くには昔ながらの木造住宅地も密集しており、今と昔の港区を同時に体感できる地域でした。

南青山7丁目で徒歩遊説


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 南青山7丁目にて、民主党東京都第一区総支部による徒歩遊説を行いました。
 弁士は海江田万里総支部長、誘導担当議員は山本が担いました。南青山7丁目は、かって赤坂青山高樹町、麻布笄町という地名でしたが、閑静な住宅地で、9箇所のポイントで遊説を行いました。

衆議院解散 私のネーミングは"読み違い解散"

 衆議院は本日解散しました。法律の規定により40日以内に総選挙が行われることになりますが、既に麻生首相は来月18日公示、同30日投開票の日程を明らかにしております。
 今度の総選挙は、正式には第45回衆議院議員選挙と呼ばれ、定数は480、その内小選挙区が300、比例代表が180となっております。なお他の選挙では、選挙運動が行われることを告示と呼びますが、衆議院では公示と呼んでおります。
 今回の解散についてメディア上では様々なネーミングが付けられていますが、私なら"読み違い解散"ですな。麻生首相の字の読み違いもさることながら、麻生首相で自民党の支持率が上がると思った自民党の読み違い、一方解散の時期がもっと早かったのではないかという民主党の読み違い、経済課なら予想もしていなかった世界同時不況の発生という読み違い等々様々あります。
 我が民主党は政権交代を旗印にしてはいますが、これはあくまで手段であり目的ではありません。あくまで日本の政治の在り方を官主導から政治主導に変えて行くことが目的です。
 民主党は港区を含め東京一区では、海江田万里前衆議院議員を中心に日本の変革を目指して参りますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

釧路空港を視察(14日)

DSC01030.JPG 今月15日からの会派視察(既報参照)に先駆け、前日14日釧路空港を視察致しました。
 他の議員より一日早く北海道入りすることについて、当初は会派所属議員全員が同一航空便に搭乗することは、危機管理上問題が在るとの判断によるものでした。但し時間を無駄にしたくないと考えていたところ、釧路空港ロビーの天井が、震災に備えた構造になっていることを、NHKの報道を通じて知り、早速釧路空港ビル株式会社に連絡し、今回の独自視察となりました。
 視察に際しては、同社北川則昭総務部長に、ご案内して頂きました。
 釧路地方では、平成5年の釧路沖地震、翌6年の北海道東方沖地震、13年の十勝沖地震と地震の発生が続いております。この十勝沖地震で、空港ロビーの天井650㎡の内、300㎡、重さにして3.2tが落下しました。幸い被災時は未明で空港利用客の被害は在りませんでしたが、当時石膏吸引板で造られた天井が、地震の振動によりクリップ(留め具)が横壁に当たり、重みも加わり落下したとのことでした。しかも当時の構造は、建築基準法で定める基準をクリアしており、被害は想定外であったようです。
 震災後同社は専門家を入れた検討会議を行い、その結果天井を布製による膜天井とすること、またクリップは従来の屋内型から台風に耐えられる材質に変えることが決まりました。膜天井を採用することにより、従来の吸音板を1とすると、コスト面で1:0.56、重量では1:0.35と、それぞれ低価格化、軽量化に成功しました。なお布は不燃シートを採用しているとのことです。
 我が港区でも田町の再開発を始め公共施設の建て替えが今後増えて来るかと思います。今回の視察結果を元に、本年第三回定例会決算特別委員会における質疑に活用したいと思います。

     天井に横ポール(青色)を通し、その上に布を通す造りとなっている。DSC01022.JPG
     クリップ(縦枠と横枠の交差する部分)も台風対応型に強化した。DSC01025.JPG
     膜天井と端の壁や柱との間に隙間を確保。地震による横揺れに備えたもの。DSC01023.JPG
     膜天井には、釧路の象徴でもあるたんちょう(丹頂鶴)が描かれている。DSC01018.JPG

横田めぐみさんのご両親、松下政経塾で講話

 昨17日夕方、松下政経塾東京事務所(港区六本木4丁目)にて、拉致被害者横田めぐみさんのご両親、横田滋さんと早紀江さんを講師に向かえ、塾生向けの授業が行われました。

 授業に先立ち、佐野尚見塾長は、「拉致事件は、国民の安全がないがしろにされた事件だ。この32年間、娘を取り返したいという思いで、ご両親は生きてこられた。我が松下政経塾としても横田さんを応援して行きたい。」、また二期生で民主党衆議院議員である松原仁塾員も、「国家の主権と国民の人権が侵害され、まさに国家テロだ。そしてこの問題を解決しようとしていない日本は、国家としてまともかそうでないのかが問われている。」と、それぞれ挨拶の中で述べました。

 滋さんは、これまでの運動の経緯について話され、「拉致問題は、小泉元首相の訪朝でクロースアップされましたが、実はもっと以前から分かっていたことでした。80年代に産経新聞が報道したものの、その後の後追い報道は在りませんでした。今後も日本は同胞を取戻す姿勢を貫き通してほしいが、一方最近の北朝鮮情勢を見るに、体制変革が起きた場合、一体そうなるのかという思いもあります。何より国民の皆さんが、全ての拉致被害者を救出するという声を上げ続けていくことが解決につながるものと信じております。」と述べました。
 母親の早紀江さんは、母親の思いについて触れ、「平和な国で、のんびりと過ごしていた中で、考えられないような拉致事件が続いて起きておりました。しかも国家による拉致指令であったのです。めぐみは家では何でも話してくれる子でした。あの日めぐみは、行って来まーす、と言って学校へ出かけて行きました。それが最後の姿でした。それから20年が経ち、めぐみが北朝鮮に連れて行かれたことが明らかになりました。2002年に帰国した拉致被害者曽我ひとみさんの証言で、北朝鮮の同じ施設で暮らし、お互いの事件のことについても話をしたことも分かりました。キム・ヒョンヒさんの本でも、相方の工作員キム・スクヒさんの話として、めぐみは弱々しい感じの女の子であったとのことでした。日本と北朝鮮との交渉では、なぜか拉致問題の解決をさまたげるような不思議な力が働いているように感じます。拉致被害者増元るみ子さんの父は、俺は日本を信じる、お前も信じろ、と息子の照明さんに言って亡くなりました。私は神に祈り続けております。この10年間多くの人々に支えられて来ました。塾生の皆さんも、それぞれの親御さんが、どんな思いを皆さんに抱いているのか考えて下さい。」と述べました。

 早紀江さんの話の中で、キム・スクヒ工作員の件には解説を要するかもしれません。1988年に起きた大韓航空機爆破事件に関与したキム・ヒョンヒ元工作員は、工作員要請所で訓練を受けていた当時、相方の女性がキム・スクヒでした。そして日本語教師として、ヒョンヒさんには田口八重子さん、後にリ・ウネの名前で日本中に知られることになりますが、そしてスクヒには横田めぐみさんが就きました。キム・ヒョンヒさんの証言により、大韓航空機爆破事件そのものではないにせよ、その延長線上に、めぐみさんの存在が明らかになったことになります。今現在も北朝鮮は、事件への関与を否定し続けております。めぐみさんを日本に返さない理由の一つがここに在る様に思えます。

 私は拉致被害者救出運動を始めて11年になりますが、この間いつか横田さんの話を塾生に聞かせたいと思っておりました。その思いの一端が、この日実現したわけですが、今後もめぐみさん、そして全ての拉致被害者の救出に向け行動して参りたいと思います。


麻布小学校夏祭り

 母校麻布小学校の夏祭りが開催されお邪魔させて頂きました。
 校舎内では、PTAのお母さん方が、それぞれかき氷、ソーセージ、かりんとうドーナッツ作りに頑張っておられました。また校庭では、キックターゲット、ストラックアウト、動物風船などのコーナーが作られました。
 子供達は、元気にはしゃいでおりましたが、中には政治に関心が有るのか、ある女の子が近づいて来て、「(先日の都議選について)ねえ、自民党でなくて良かったね。」と話しかけて来たのにはびっくりしました。ふうー・・・。

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