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平成22年1月

拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会(29日)

 「拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会」が、29日夕方、文京区民センターにて、拉致被害者鳩首運動団体である救う会東京及び救う会全国協議会主催により開催されました。講師は救う会全国協議会会長代行 西岡力氏、ジャーナリストの惠谷治氏でした。
 開会に際して、拉致被害者家族の皆さんからも発言が行われました。

 以下は講演の概要です。

■拉致の全貌、1976年の金正日拉致指令を中心に
1.北朝鮮による拉致の時期には、①朝鮮戦争中の韓国人拉致、②戦後から1976年までの漁船拿捕を中心とする韓国人拉致、③1976年金正日の「工作員現地化教育のための教官拉致」指令による韓国・日本・諸外国での拉致、という3つのピークがあった。
2.金正日拉致指令
 1974年に金日成の後継者として公式指名された金正日は、76年初め、対南工作の新方針を示す中で、「工作員の現地化教育を徹底して行え、そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ。」と拉致指令を下した。
3.77年~78年に拉致集中
 拉致指令の翌年の1977年から78年にかけて、韓国人や外国人拉致が世界規模で集中して行われた。日本人拉致もこの時期に集中し、現在政府認定被害者17人中13人が、この2年間に拉致された。また韓国、日本以外の10ヶ国、中国(マカオ)・タイ・レバノン・ルーマニア・シンガポール・マレーシア・ヨルダン・フランス・イタリア・オランダの拉致は、78年もしくはその直前に集中している。
4.80年代以降の状況
 1980年代後半に入ると韓国人拉致の様相が大きく変わり、それまでの漁船拿捕による拉致はほとんどなく、拉致指令による教官拉致も確認されていない。
 一方90年代後半以降、北朝鮮にとって「有害行為」の阻止を目的とした拉致が新たになされる。中朝国境地域で、脱北者を助けていたキリスト教宣教師や貿易商が拉致された。
5.よど号グループによる日本人拉致
 1980年代前半、赤軍派よど号グループによる日本人拉致がヨーロッパで組織的に展開された。日本人を北朝鮮工作員として使おうという金正日の指令によるものだ。80年代後半、彼らのメンバー2人が日本に戻り対自衛隊工作を行おうとして逮捕された。以降このタイプの拉致も確認されていない。
 この時期、日本以外の外国人拉致は確認されていないが、2000年代に入り、脱北者を支援していた中国籍朝鮮族が多数拉致されたとの有力情報がある。
6.拉致被害者を返さなかった理由
 金正日による拉致指令は秘密とされた。拉致は国際社会全体を敵に回すテロであり、その上、金正日は、工作員を使い大韓航空機爆破事件というテロを実行している。拉致指令が明らかになれば、金正日がテロの首謀者であることが暴露され、だからこそ拉致指令やテロ指令などを認めることつながる被害者を「死亡」として、返すことが出来なかった。
 金正日は2002年9月に、日本人拉致を認め謝罪したが、自らの関与を否定し、「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行ったと考えている。」とした。僅か5人を返し、「拉致したのは13人だけ。残り8人は死亡した。」という新たな嘘をついた。嘘には動機がある。なぜこの時点で全被害者を返さなかったのか、拉致被害者救出の為に必ず解明すべき問題だ。

■北朝鮮による拉致の分析
1.拉致の目的
 過去の北朝鮮による拉致事件を分析すると、以下の8つの目的が浮かび上がる。
①秘密隠蔽 ②背乗り(身分盗用) ③工作員として活用 ④工作員現地化教育の教官 ⑤拉致被害者などの配偶者 ⑥特殊技能者(専門家) ⑦反北活動の阻止 ⑧対南宣伝に利用
2.拉致の方法
 拉致事件の状況をみると、拉致は3つの方法で実行されている。
(A)遭遇拉致 工作活動の目撃者など上記①の場合。
(B)条件拉致 マグジャビ(手当たり次第)と呼ばれ、上記②~⑤及び⑧の場合。
(C)人定拉致 基本的には特定の個人が対象で、上記⑤~⑦の場合。
3.北朝鮮による拉致事件(日本人被害事案のみ抜粋。○=政府認定事案 △=政府未認定事案 ☆=拉致関連情報)
○1963年5月12日 石川県志賀町高浜の沖合いで、寺越昭二(36)、寺越外雄(24)、寺越武志(13)を拉致。
☆1969年11月 金日成は3号庁舎(特殊機関を示すコードネーム)拡大幹部会議において、「必要なら日本人を包摂工作し拉致工作することも出来る。」と言明。
☆1970年3月31日 日航機よど号がハイジャックされ、平壌に着陸。
△1970年8月8日 加藤久美子(22 事務員)を拉致。
△1973年7月7日 古川了子(18 会社員)を拉致。
△1974年6月中旬 渡辺秀子の2児拉致(父親の高大甚は工作員で北朝鮮帰国)。
☆1976年初め 金正日の外国人拉致指令
○1977年9月19日 石川県能登半島宇出津から久米裕(52 警備員)を拉致。
○1977年10月21日 松本京子(29 会社員)を拉致。
○1977年11月15日 新潟市寄居浜付近から横田めぐみ(13 中学生)。
○1978年6月6日 成田から出国した田中実(29 店員)をウィーンで拉致。
○1978年6月29日 田口八重子(22 店員)を拉致。
○1978年7月7日 福井県小浜市から地村保志(23 大工)と浜本富貴恵(23 店員)を拉致。
○1978年7月31日 新潟県柏崎市の中央海岸付近から蓮池薫(20 大学生)と奥土祐木子(22販売員)を拉致。
○1978年8月12日 鹿児島県日置郡の吹上浜から市川修一(23 電電公社職員)と増元るみ子(24 会社員)を拉致。
○1978年8月12日 佐渡島から曽我ひとみ(19 看護師)と母親の曽我ミヨシ(46)を拉致。
○1978年8月15日 富山県高岡市の雨晴海岸でカップル拉致未遂事件。
△1979年8月頃 小住健蔵(46 旋盤工)を東京の山谷から拉致。
△1979年頃 金田竜光(26 店員)が神戸市東灘区から失踪
☆1980年1月7日 産経新聞が一面トップで「アベック3組謎の蒸発」を報道。
○1980年5月中旬 マドリードから松木薫(27 語学留学生)と石岡亨(22 大学卒業直後)を拉致。
○1980年6月20日 宮崎県青島海岸の児童公園から原敕晁(43 調理師)を拉致。
○1983年7月15日 コペンハーゲンから有本恵子(23 語学留学生)を拉致。
☆1985年3月1日 西新井事件でスパイ朴を指名手配(小住健蔵拉致発覚)。
☆1985年6月28日 韓国国家安全企画部が辛光洙事件を発表(原敕晁発覚)。
☆1987年1月21日 寺越外雄の手紙が姉の元に届き、寺越武志と共に北朝鮮に住んでいることが判明。
☆1987年9月3日 訪朝した寺越武志の両親が、息子と弟(外雄)と再会。
☆1987年11月29日 大韓航空機爆破事件。
☆1988年1月15日 大韓航空機爆破事件の実行犯金賢姫が記者会見で、日本語教育係だった日本人「李恩恵」の存在を公表。
☆1988年3月26日 橋本敦参議院議員(共産党)がアベック連続蒸発事件について質問、梶山静六国家公安委員長が「北朝鮮の疑いが濃厚」と答弁。
☆1988年9月6日 石岡亨の手紙がポーランドから札幌の実家に届き、北朝鮮に住んでいることが判明。有本恵子の住所と写真、幼児の写真が同封。松木薫の存在に言及。
☆2002年9月17日 小泉首相第1回訪朝、金正日が拉致を認め謝罪。
☆2002年10月15日 拉致被害者5人が帰国。
☆2004年5月22日 小泉首相第2回訪朝、地村・蓮池夫妻の家族5人が帰国。
☆2004年7月9日 ジャカルタで曽我ひとみ一家再会、18日一家日本帰国。


 

拉致事件をテーマにした舞台を観劇

 北朝鮮による拉致事件をテーマにした舞台「めぐみへの誓い」を観劇しました。
劇団夜想会の制作で、先月26日から31日まで、新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演されました。
  ストーリーは、昭和52年(1977年)に起きた横田めぐみさん拉致事件、横田家の様子、昭和63年に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元死刑囚や、その教育係だった田口八重子さんが苦悩する姿、脱北者の証言などに基づく収容所の場面などが盛り込まれた内容でした。
 配役では、横田めぐみさんの父、滋さんを小野寺昭さんが、また拉致被害者田口八重子さんを川上麻衣子さんが演じました。
 衝撃的であったシーンは二つ。めぐみさんが拉致された後、「朝鮮語をマスターしたらお母さんの所に返してやる。」と言われ、一生懸命勉強し、金日成を称える文言まで暗唱しながら、帰国の望みが叶わないことが分かり、精神的に破綻して姿。もう一つは強制収用所で、収容者が人間としてではなく、動物以下の扱いを受け弾圧されているシーンでした。21世紀の今日になお、あのような事が、しかも日本の周辺地域で行われていることに、改めて涙を流さずにはいられませんでした。
 脚本と演出を担当された夜想会主宰、野伏翔さんは、「秦の始皇帝の時代か何か、人類がまだ蛮性をむき出しにした大昔の暴虐の帝国の物語を作っているような錯覚に陥りました。脱北者の証言に比べれば、はるかに控えめに表現したにも関わらずです。」と述べてました。野伏氏はさらに「拉致事件が凶悪で残酷な北朝鮮の国家犯罪であるという原点を直視すると共に、戦後日本が構造として持ち続けている歪で怠慢な国家体制が招いた不祥事である事実を告発したいと思いました。」とも訴えていました。
 今回の舞台制作に当たり、プロデューサーの佐々木俊夫氏から依頼を受け、12年前の拉致被害者家族会と救う会(拉致被害者救援組織)の街頭署名活動で使用したノボリなどの器材を提供させて頂きました。めぐみさんの事件が発覚した直後の当時の様子を忠実に再現するためであります。私自身も経験しましたが、通行人から悪態をつかれたシーンもよく描かれていました。
 この舞台は、今後新潟や埼玉などで上演されるほか、東京でも再演を考えているそうなので、今後の上演予定が分かりましたらお知らせします。
 余談ですが、かって刑事ドラマ「太陽にほえろ!」で"デンカ"の役をされた俳優の小野寺昭さん(横田滋さん役)と握手をしましたが、とても優しい手をされていました。

<参照URL>
劇団夜想会 http://yasokai.world.coocan.jp/framepage2.htm
小野寺 昭のホームページ http://www.h3.dion.ne.jp/~a-onoder/
川上麻衣子オフィシャルウェブ http://www.anan.ne.jp/kawakami/
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 http://www.sukuukai.jp/

十番駅頭/研究発表会/ネットワークリーブラ

 本日朝、自転車にノボリを付け、麻布十番2番口にて朝の挨拶活動「朝風」を実施致しました。

21J議282-6892.jpg 午後1時過ぎより、「平成20年・21年度 港区教育委員会研究奨励校研究奨励校発表会」視察のため、区立港南中学校を訪れました。議員以外には、行政、教育委員会、区立小中学校、PTAの各関係者も来校されました。研究発表会は、公開授業、研究発表・指導講評、講演の三部構成で行われましたが、私はこの後に港区婦人団体連絡会の新年会が控えていたため、前段の公開授業のみ視察致しました。
 公開授業の中で、必修教科が国語・理科・英語、また選択教科が技術・家庭・美術とされました。授業は港南中学校だけでなく、港南小学校3年生・5年生との交流授業とされ、中学生が小学生をリードするような形で実施されました。
 国語のテーマは百人一首。中学生が歌を詠み、現代風の意味の訳し、その内容をクイズにし、小学生に答えさせていました。
 理科のテーマは水溶液。食塩、でんぷん、砂糖を、それぞれ100gの水に溶かし、順に溶かす量を増やし、どのくらいまで溶けて行くかを記録する作業が行われました。
 英語のテーマは英語による読み聞かせ。Sunday(日曜日)からSaturday(土曜日)までスペルを当てたり、January(1月)からDecember(12月)までの季節を英語で当てたりと、クイズ形式で授業が進められました。
 選択科目では日本の伝統・文化を体験学習させることを目的に、家庭ではみたらし団子作り、美術では竹の加工、音楽では三味線の演奏が、それぞれ授業に取り入れられておりました。

 港南中学校を後にして、ネットワークリーブラ港区婦人団体連絡会の新年会にお邪魔致しました。会場は田町にある男女平等参画センター、通称リーブラでした。リーブラは、昭和55年(1980年)に港区婦人会館として設立され、その後女性センター、そして現在の男女平等参画センターと名称が変遷しましたが、このセンターを拠点に活動している女性団体の連絡会としてネットワークリーブラ港区婦人団体連絡会が活動しております。懇親会では、平均年齢75.5歳という女性グループによるハンドベルの演奏が行われていました。

 夕方より北朝鮮拉致被害者救援団体による勉強会に出席致しました。この件は明日の記事に掲載致します。

<関連URL>
港南中学校 http://www2.rosenet.ne.jp/~konan-j/
男女平等参画センター(リーブラ) http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/danzyo/danzyo/index.html

大塚雄司元衆議院議員 本葬儀のお知らせ

 大塚雄司元衆議院議員の本葬儀についてのお知らせが、過日入電致しましたので、以下転載致します。
 なお二日前にご案内の「お別れの会」とは別のご案内でございます。

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父 元衆議院議員 大塚雄司 儀 病気療養中のところ一月十日逝去いたしました
御通知が遅れましたことを深くお詫び申し上げます

 生前のご厚誼を深謝し下記の通り本葬儀を執り行いますので謹んで御通知申し上げます
  一、日時 平成二十二年二月十六日(火) 本葬儀 午後六時
  一、場所 麻布山 善福寺
         東京都港区元麻布一丁目六番二十一号
         電話 03(3451)7402

 平成二十二年一月

                     東京都港区北青山三丁目三番七号 二階
                      長男 大塚公朗
                      次男 大塚隆朗(東京都議会議員)

自転車遊説「旗風」始動!

21政285-6816.jpg 山本へるみによる自転車遊説「旗風」を今日から開始致しました。
 遊説には様々種類がありますが、自転車遊説とは、自転車にノボリ(旗)を付け区内を周り、あらかじめ定めたポイント毎に停車し、短時間の演説を行う遊説形態です。自転車遊説自体は以前行っておりましたが、ここ一年ほど都議選や総選挙の関係で、自分の政治活動が疎かになっておりました。このことを素直に反省し、今後は定期的に自転車遊説を行うことと致します。
 私はこのオペレーションを、旗風(はたかぜ)と名付けました。はたかぜは海上自衛隊所属の艦船名ですが、旗を付け風を切るイメージから旗風と命名しました。なお昨年まで、民主党港区支部内で行う内部通信の名称も、ひらがな標記で「はたかぜ」となっておりましたが、現在は廃止されております。
 使用するノボリも、久し振りに松下政経塾の文字が標記されている物を使用しました。今後駅頭挨拶では民主党標記、自転車遊説では松下政経塾標記の物を使用します。
 今回の遊説「旗風1号」は、外苑東通りを中心に、六本木5丁目、同7丁目内で計7箇所で実施しました。演説内容は、遊説がご無沙汰になっていたことのお詫び、民主党幹部による説明責任のあり方についてで、結果的に国民や区民の皆さんがご納得されていないのであれば、説明責任が不十分であることを訴えました。
(写真:ロアビル前で撮影したノボリの様子)

<関連URL>
◇海上自衛隊:ギャラリー(はたかぜ)
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/dd/hatakaze/171.html

故大塚雄司氏 お別れ会のお知らせ

 既にご存知の方もおられますが、元衆議院議員・建設大臣の大塚雄司氏が、今月10日亡くなられました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 下記のとおり「お別れ会」のお知らせが入電しましたので、転載致します。

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「お別れの会」のお知らせ

弊社代表取締役 大塚雄司 儀
 去る1月10日永眠致しました。ここに生前のご厚誼を深謝し謹んでご通知申し上げます。
 通夜及び密葬の儀は近親者にて済ませました。つきましては「お別れ会」を下記の通り執り行います。

     日時 平成22年2月18日(木) 午後1時~午後3時
     場所 東京プリンスホテル「プロビデンスホール」
        港区芝公園3-3-1 電話 03-3432-1111

 ご来場の節は際は平服にてお越し下さるようお願い申し上げます。
 なお誠に勝手ながらご香典ご供花ご供物の儀は固くご辞退申し上げます。

 平成22年1月

市街地開発株式会社  
代表取締役 中井 暲典
電話 03-3403-2571
大塚雄司事務所    
電話 03-3401-5111
妻     大塚 智子

理容組合みなと支部新年会

21J議284-6799.jpg 東京都理容生活衛生同業組合みなと支部の新年会が、グランドプリンスホテル新高輪で開催され、港区議会議員として出席して参りました。
 政治家にとって、髪の毛は、ある意味"命"といっても過言ではない物で、その意味では床屋さん、美容師さんとは"切っても切れない仲"でしょうか。
 みなと支部の皆さんのご発展ご活躍を心よりお祈り申し上げます。
(写真:新年の挨拶を行う佐久間輝夫東京都理容生活衛生同業組合みなと支部長)

小沢問題に揺れる与党を地方議員はどう見る?

 昨日、日本文化チャンネル桜の番組「防人の道 今日の自衛隊」に、ゲストとして出演致しました。今回のテーマは、「小沢問題に揺れる与党を地方議員はどう見る?」でした。

<関連URL>

印刷工業組合新年会

21J政276-6773.jpg 東京都印刷工業組合港支部新年会が、八芳園(港区白金台)に出席して参りました。
 小島猛支部長は、挨拶の中で、「景気低迷の折、より印刷組合が紙メディアとして連携し、生き残るにはどうすればいいのか。もっと日本人は自信を持っていいのではないか。結果的にダメであっても、自信をもって仕事に取り組む姿勢が大事だ。」などと述べられました(写真)。

<関連URL>

港区薬物乱用防止キャンペーン

21J議283-6664.jpg 東京都薬物乱用防止推進港区協議会、港区、警視庁麻布警察署、同赤坂警察署共催による港区薬物乱用防止キャンペーンが開催され、主催団体関係者や六本木や赤坂地区の町会関係者などが参加しました。私は港区議会議員として招かれましたが、六本木安全安心パトロール隊員でもありますので、同隊の制服を着て参加致しました。

 初めに集会が開催され、各主催団体代表者・担当者による挨拶や報告が行われました。また現役の麻薬探知犬が、薬物の匂いの付いたカバンを嗅ぎ分ける演技も実演され、会場の参加者の注目を集めていました。21J議283-6690.jpg

 集会に続き、外苑東通りでパレードが行われました。パレードは、ロアビル前を起点にし、六本木交差点を通り、檜町公園を終点とし、先頭を警視庁音楽隊と同庁鼓隊それにカラーガードが先導し、参加者がそれに続き、「薬物乱用防止運動 ダメ、セッタイ。」と書かれた札をかざしながら行進しました。

<関連URL>
○東京都薬物乱用防止推進協議会
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kenkou/kenkou_anzen/stop/kyogikai/index.html
○警視庁音楽隊
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/sikumi/ongaku/ongaku.htm

体育協会新年会(18日)/みなとタバコルール

21J議278-6627.jpg 港区体育協会新年会が、昨日芝パークホテルで開催されました。同協会には港区に在る各スポーツ団体が加盟しております。また競技だけでなく、舞踊やダンスを行う団体も加わっており、健康に貢献する全ての人々が協会に参加していることになります。
 今年一年、港区体育協会の皆様のご活躍とご健勝を心よりお祈り申し上げます。
(写真:開会の挨拶を行う菅谷真一会長)

 本日午前10時30分より、六本木交差点周辺でみなとタバコルールのキャンペーンが行われ、周辺町会や行政、JTの皆さんが参加しました。21J地278-6647.jpg普段は六本木商店街の若手の会である六本木倶楽部の一員として参加するのですが、今回は私が分科会長を務める「麻布地区の生活安全と環境を守る協議会 環境美化分科会」として参加致しました。
 今回は啓発用グッツ配布ではなく、交差点周辺でポイ捨てタバコなどに対する清掃活動を行いました。
(写真:六本木三丁目、飲食店「すしざんまい」前付近での清掃活動の様子)
<関連URL>
みなとタバコキャンペーン(平成21年5月13日)
http://herumi.jp/chiku/0513.php

神戸から戻りました

 寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲号」(列車番号5032M)に乗って神戸より戻りました。この列車は、「サンライズ瀬戸号」として高松を、また「サンライズ出雲号」として出雲市をそれぞれ出発し、岡山で連結し東京に向かいます。午前0時13分に三宮駅から乗車し、午前7時8分に東京駅に着きました。

21J政277-6541.jpg 昨日は阪神淡路大震災での犠牲者への追悼の後、神戸で先祖の墓参、続いて和歌山で松下幸之助塾主(松下政経塾創設者)の墓参(左写真)をそれぞれ行い、その後再び神戸に戻りました。
 元町通り商店街は、神戸市内有数の商店街の一つです。やけに人通りが少なかったのですが、日曜の夕方ということで仕方が無いのかと思いました。同商店街にあるステーキレストランにぶらっと入り夕食を取りました。店のご主人に人通りが少ないことを尋ねると、「日曜の夕方と言うことではなく、普段から人通りが少ない。特に震災後は顕著だ。」という答えが返ってきました。叔母が生前本町で画廊を開いていた関係で、東京の人間でありながら、子供の頃から元町の活気には慣れているつもりだっただけにショックでした。震災から15年、右の写真の夜景にもあるとおり、確かに見える場所は復興しているのかもしれませんが、見えないところはまだまだであり、改めて神戸の現実を思い知らされました。

21J政277-6577.jpg 私が自分の身分を明かすと、「民主党政権になってから、景気はもっと悪化している。国会では政治とカネの話ばかりだが、まずは景気を建て直してほしい。」とも言われました。ご主人は続けて、「欧州では消費税を上げないようにして、消費を拡大している。金持ちには不利かもしれないが、まずは中流以下の人々がお金を使い易くすることが景気回復につながると思う。」さらに「今の教育も良くない。戦後日本の教育を悪くしたのは日教組だ。」とまで訴えたことが心に残りました。

 東京駅から自宅に戻り、小休止の後、東京メトロ南北線六本木一丁目2番口にて、駅頭挨拶活動を行いました。

阪神淡路大震災から15年

 阪神淡路大震災で亡くなられた皆様、またハイチの大地震で亡くなられた皆様に心より哀悼の意を表します。

 今日で、あの震災から15年が経過しました。当時私は、国際救援組織である日本国際救援行動委員会のスタッフとして、佐々淳行理事長(元内閣安全保障室長)の指揮の元、アメリカからの対日援助物資の受け取りと神戸への搬送のために、関西国際空港で活動を進めておりました。当初は、海上自衛隊の艦船を使用して、関空から神戸港に運ぶ予定でしたが、港湾労組の反対により、海上保安庁のヘリコプターと巡視艇に積み替えて搬出しました。

 その後仲間達と神戸市内に移動し、阪急西ノ宮北口駅で一旦単独で別れ、親族の捜索に当たりました。母が神戸の出身であることから親戚の多くが被災地に住んでおりました。避難所に逃げていた親戚一同の無事を確認した後、仲間たちが先行して活動していた神戸市立本山南小学校避難所に合流しました。この時JR神戸線が西ノ宮駅まで部分開通しており、そこから国道2号線を歩いて西ノ宮、芦屋、そして神戸市東灘区と進み、同避難所にに入りました。辺り一面倒壊した建物ばかりで、それらが歩道にせり出し、やむなく車道を歩きましたが、真横を自衛隊や警察、消防などの緊急車両が走り、上空には数多くのヘリが飛んでいたことを覚えております。
 同避難所にはおよそ1500人ぐらいだったかと記憶しておりますが、被災者の皆さんが収容され、全国から集まったボランティアが毎日30名ほど活動しておりました。混乱が増大する中、誰かがリーダーシップを執らなければならなくなり、どういうわけかその役を私が担うことになりました。
 避難所本部を組織化し、本部長に住民代表者、その下に私が事務局長に就きました。そしてその元に、援助物資などモノを担当する「物資部」、被災者などヒトを担当する「住民部」、そして避難所自体の運営やボランティア自体の管理を担当する「企画総務部」を設置し、それぞれ部長を任命しました。各部には、毛布係長、食品係長、名簿係長、よろず相談係長、総務係長などを置き、それらの係長に現場の指揮権を委ねる事業部制を敷きました。各係は原則係長一人ですが、例えば大量の食料が運び入れられる時には、他の係長やスタッフが全員食料係長の指揮下に入り行動するなどのプロジェクトチームの要素を取り入れました。

 震災の環境下では様々なことが起きました。ある瞬間突然住民が一箇所に集められ、不自由な生活を強いられる、トラブルが起きないはずがありません。体育館の床に敷く畳一枚の取り合いをめぐり高齢者同士が喧嘩を始めるケースもありました。動物愛護法の無い当時において、ペットの受け入れについて様々な意見がありました。避難所が学校ということもあり、学校機能の復旧と避難所機能の充実化の板ばさみになり、ノイローゼを起こしそうになった教職員もいました。活動のあり方をめぐりボランティア同士がぶつかったり、応援に来た神戸市職員が非難の的になったこともありました。「現下の状況は、我々の能力を超えた所にあります。」と素直に話して下さった自衛隊指揮官の言葉に、現実の困難さを再認識したこともありました。

 今思えば、住民、ボランティア、学校、警察・消防・自治体などの行政そして、自衛隊などの皆さんが協力し合い、震災直後の"無政府状態"をよく耐えたと思います。本当に皆さんは、すばらしい方々でした。
 その中で自分自身はどうであったのかと思うことがあります。自分にはそれまで絶対に起こり得ないと思っていたPTSD(心的外傷後ストレス症候群)を、軽いレベルであったかと思いますが、初めて感じました。震災から8ヵ月後、港区の防災訓練に麻布消防団員として参加致しましたが、作り物と分かっていながら、倒壊家屋などを見た瞬間に、その場にいることを拒絶するような、命令を受けても何も動きたくないような感覚に襲われました。この感覚は一年ほど続きました。

 様々なことがありましたが、当時の経験は、その後の中越地震、中越沖地震における救援活動、そして麻布小地区防災協議会による震災マニュアル作りに生かすことが出来ました。
 一方当時活動を共にしたボランティアや住民の皆さんと、今でも毎年この時期になると、炊き出し同窓会や再会の集いが行われております。私も今大阪でこの記事を書いております。
 今日は犠牲者を追悼したいと思います。

赤坂青山地域活動報告会/石川知裕容疑者逮捕

21J地271-6513.jpg 港区役所赤坂地区総合支所管内の地域活動についての報告会が、フロラシオン青山で開催され、赤坂や青山の地域団体、行政、議会関係者が参加致しました。
 報告会では、プロジェクターを使い、区民参画・協働の体制、タウンミーティング、防災や清掃などの地域事業、ワークショップなどについて活動報告が行われました。
 私は民主党内では六本木・麻布地区担当の議員ですが、隣接する赤坂・青山地区の皆さんの活動を知ることで勉強になりました。
 報告会が終わり懇親会が開催されましたが、私は阪神・淡路大震災15周年関連行事のため中座し、神戸に向かいました。

<関連URL>

 ところで、東京地検特捜部は昨夜、政治資金規正法違反(不記載)容疑で、小沢一郎幹事長の元私設秘書で当時陸山会の会計事務担当だった民主党衆院議員、石川知裕容疑者(民主党衆院議員 海道11区)を逮捕しました。
 民主党員として無念さを隠せません。私の考えは13日のブログ記事(http://herumi.jp/giin/post_270.php)に掲載されているとおりですが、今後捜査が進み、裁判が行われることになると思いますので、それらを見守りたいと思います。
 同時に党首脳は、事実関係について党員にそして国民に理解を得る説明を行うべきであります。これまで私は、港区議会議員であると共に、党港区支部副幹事長という立場にもあることから、一連の事件についての発言は慎重に行って来たつもりであります。しかしことこの事態に至っては、そのような姿勢は許されなくなって来たかと思います。
 党本部に対しては、本件に関する説明を要求します。

都税事務所訪問/六本木商店街振興組合新年会

21J議275-6463.jpg 麻布台三丁目に東京都港都税事務所が新設され、午後から地元麻ノ葉町会の一員として所内を見学しました。同事務所は、以前三田の札の辻交差点脇にありましたが、このほど現在地に移転して参りました。私が少年時代は、お蕎麦屋さんがあったところで、外苑東通りを挟んで日本郵政公社飯倉分館が在ります。
 所内組織として、管理業務を担当する総務課、土地家屋の評価などを担当する固定資産評価課、固定資産税の課税などを担当する固定資産税課、軽油引取税や都たばこ税などを担当する事業税課、法人事業税などを担当する法人事業税課、徴収を行う徴収課から構成されます。
 各部署に分かれておりますが、上の写真のとおり、納税・評価証明書等の発行・法人事業税や都民税の申告などが、一階の簡易受付コーナーで一括して行われ、利用者には便利な仕組みとなってすくみとなっております。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 夕方からANAインターコンチネンタルホテルにて、六本木商店街振興組合の新年賀詞会が開催されました。
 新年会に先立ち、六本木デザイナーズフラッグコンテストの表彰式が行われました(写真)。今年これらのフラッグが、六本木の街路を飾ることになります。
21J議275-6484.jpg 六本木は日本有数の繁華街であり、また国際的にも認知度の高い地区です。国内のみならず海外からも多くの来街者が来る場所です。路上客引きや薬物取引などの問題も目にしますが、この街で育った者として、責任感を持って守って参りたいと思います。
 後藤譲同組合理事長の挨拶の後、谷口光一六本木町会長のご発声による乾杯で懇親会が始まりました。

広島へ出張(13日)

21J政272-6368.jpg 松下政経塾地方議員の会の事前協議の為に、昨日広島に行きました。
 同会は来週神戸で総会を開催する予定ですが、私は地元行事と日程が重複するため出席出来ず、総会の議題の中で、自分が担当する項目について調整する必要が出て来たため、中原好治同会会長(政経塾7期生 現広島県議会議員)、森本真治会員(政経塾18期生 現広島市議会議員)と協議を行いました。
 打ち合わせのためだけに広島入りでは、時間的にもったいないので、会議までの時間、区議会総務副委員長として平和行政及び交通行政に関わる現場を視察することに致しました。
 当日は午前6時55分羽田空港(HND)発日本航空1601便(JL1601)に搭乗しました。到着地の広島空港(HIJ)には8時25分に着陸する予定でしたが、広島では珍しい降雪により管制塔から着陸許可が下りず、暫し空港上空を旋回し、20分遅れの到着となりました。21J政272-6362.jpg
 広島市内に入ると雪は止んでおり、広島電鉄(通称:広電)に乗り、原爆ドーム、爆心地、広島平和記念公園、広島平和記念資料館と順に周りました。移動手段に活用した広電は、全国各地で廃線となった路面電車の車両が集められ運行されていることで有名ですが、最近は環境問題や高齢化問題を配慮して、低床型の新型車両も導入されています。
 原爆ドーム(旧産奨励館)に訪れた人も多いでしょうが、以外に爆心地のことは、あまり知られておりません。米軍は原爆ドームの傍に在り、上空から見るとT字型に見える相生橋を標的に原爆を投下しましたが、ややン逸れて炸裂しました。その場所が爆心地です。以外にもそこには慰霊碑などは無く、有料駐車場が在るだけでした。21J政272-6371.jpg爆発は地上ではなく、上空500メートルで起きたことから爆心地を細かく断定することは難しいことかもしれないと、中原県議よりうかがいました。
 広島平和記念資料館を10年ぶりに訪問し、展示内容を拝見しましたが、率直な感想として、アメリカよ、よくも民間地に核爆弾を落としたな、と思いました。当時「リメンバー・パールハーバー」と彼らは言いましたが、パールハーバー、真珠湾における我が軍の攻撃対象は、あくまで軍事施設であります。住宅地ではありませんでした。イラクでもユーゴスラビアでも、アメリカ軍は民間地や医療施設に爆弾を落とし、後から誤爆であったと発表しました。その真偽は定かではないですが、広島にいる限り、軍人でも民間人でも敵は敵として攻撃する国であるようです、アメリカは。私は政策的判断として、日米同盟の必要性は認める立場ですが、アメリカが歴史上何をしてきた国であるのか、どのような国民性であるのか、我が国政府そして国民は、きちんと理解した上でつきあった方が良いかと思います。
 もっとも同館の資料によると、原爆開発当時、これを日本人に対して使用することについて反対の声明を出していた科学者達がアメリカにいたことは、せめてもの救いかもしれません。
 原爆ドーム近くにある桟橋から船に乗り、宮島に向かい、厳島神社を参拝しました。

<関連URL>
松下政経塾 http://www.mskj.or.jp/
中原好治ホームページ http://www.nakahara.gr.jp/
元気もりもりNet http://www.morimori.net/
広島平和記念資料館WEB SITE http://www.pcf.city.hiroshima.jp/


本日の強制捜査について

 本日は出張で広島に来ております。この事については明日改めてご報告致します。

 我が党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」が、平成16年に世田谷区内に購入した土地の取引について、当時小沢議員の秘書で会計事務担当であった石川知裕衆議院議員が、政治資金収支報告書に、土地購入に際しての原資4億円を記載していなかったとの疑いにより、東京地方検察庁特別捜査部が、政治資金規正法違反容疑で、陸山会事務所、小沢議員の個人事務所、鹿島本社などに対する強制捜査に踏み切りました。

 容疑の事実関係については検察が解明することになりますが、一民主党員として、これまで民主党と山本へるみにご支援頂きました皆さん、区民の皆さんにお詫びを申し上げなければなりません。
 政治家は結果が全てですから、容疑の審議は別として、結果的に国民の皆さんに無用なご心配をおかけしたこと、また自分が事件の当事者でないにせよ、所属党員として全くの傍観者の素振りは許されないのであります。
 もっとはっきり言えば、党本部の国会議員がしっかりしてもらわないと、我々末端の議員、党員が大いに困るのであります。これまでもこのブログに書いたことがありますが、自民党初め既存体制の不備を質すのであれば、それ以上のモラルを我々の側が求められるのであります。つまり説明責任を果たしているのか否かであります。いくら果たしていると言っても、聞き手である国民の皆さんに伝わらなければ、果たしているとは言い切れないのであります。
 その上で同時に言いたいことは、一方で検察は今言われている容疑だけで、本当に立件が出来るのか否か、この点については正直疑問も残ります。

 いずれにしても、私は民主党所属の地方議員であり、これまでも港区から日本を変えるための国民運動にも参加して参りました。民主党員である前に日本国民であるとの思いに基づき、国民目線を持った姿勢は、今後も守り続けて参りたいと思います。


シーシェパードの妨害を許すな!

 ここのところ、日本の調査捕鯨活動に対して、反捕鯨団体シー・シェパードによる過激な妨害が目立ってきておりますが、日本国民としては強い憤りを感じます。捕鯨は日本の食文化であり、言論であるならともかく、威力を用いての妨害活動は、明らかに我が国の食生活に対する攻撃と言わざるを得ません。
 欧米人は牛や豚を殺してステーキにして食べます。中国では犬を食用にしている地域が在ると聞きます。犬を殺すことに個人としては抵抗が有りますが、彼らの食文化であるのであれば仕方ありません。
 アメリカ人は、確かに牛を殺すが一方で育ててもいると言います。それを言うなら、捕鯨をしても自然の生態系により鯨は新たに生まれていましたし、捕鯨が減ることで、鯨が逆に増え、他の魚を食べる量も増え、結果的に全体の魚類の生態系自体に悪影響が出ています。日本政府は、IWC(国際捕鯨委員会)など国際的な協議の場で、これらの状況をデータで示し主張しているにも関わらず、反捕鯨国は感情論だけで捕鯨に反対している始末です。
 過去60年以上に渡り、我が国は一部の領土を不法占拠され、多数の国民が拉致されて来ましたが、この上食生活にまで攻撃を加えて来る今日の状況を、このまま許していいのでしょうか?
 以下新聞記事の転載です。

◆捕鯨監視船と衝突 シー・シェパードの妨害激化
 2010年1月7日(木)8時0分配信 産経新聞
 水産庁は6日、日本の調査捕鯨船団の監視船「第2昭南丸」と環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体シー・シェパード(SS)の抗議船「アディ・ギル号」が南極海で衝突したと発表した。捕鯨船団は同日未明からア号ともう1隻の抗議船「ボブ・バーカー号」から妨害活動を受けており、衝突は妨害の最中に起きたという。昭南丸の船体に大きな損傷はなく、乗組員にもけがはなかった。ア号は船首部分が大破したが、乗組員らはボ号に救助された。
 水産庁によると、ア号は同日午後0時半(日本時間)ごろ、昭南丸に異常接近し、前方を右側から左側へと横切ろうとしたうえ、途中で急に減速した。そのため昭南丸は避けきれずに衝突したという。
 衝突前に、昭南丸はア号に対して接近を阻止するため、放水を行ったり、音響装置などで警告を行った。これに対して、SS側は「ア号は静止していたのに、突然衝突された。日本側は救助もしてくれなかった」と主張している。
 水産庁によると、6日の捕鯨妨害は午前3時ごろから行われていた。ボ号が捕鯨母船「日新丸」に接近し追跡を始め、さらに、ア号も接近。約2時間にわたって、異臭がする薬品入りのボールを発射装置を使って発射したほか、目に当たると失明の恐れがあるとされるレーザー光線の照射などを行った。
 今シーズンの捕鯨船団は昨年11月に日本を出航。これまでに数回にわたって妨害行為を受けている。
 政府は6日、ア号などの船籍国のニュージーランドと寄港地のオーストラリアに対し、取り締まりなどの措置を取るよう申し入れた。農林水産省も今回の衝突について、「危険な妨害行為が招いた結果であり、遺憾」とする声明を出した。

【用語解説】シー・シェパード
 過激な行動で知られる環境団体「グリーンピース」から1977年に分派して設立された。海洋生物保護を訴えているが、アイスランドの捕鯨船を沈没させるなどしてきた。「エコ・テロリスト」とも呼ばれ、国際捕鯨委員会(IWC)は名指しで行動を非難する声明を出している。
◆シー・シェパード船衝突、NZ政府に抗議
2010年1月7日(木)12時49分配信 読売新聞
 平野官房長官は7日午前の記者会見で、反捕鯨団体シー・シェパードの小型高速船が南極海で日本の調査捕鯨船団の監視船に衝突した事故について、「極めて遺憾だ」と語り、日本政府として小型高速船の船籍のあるニュージーランド政府に抗議したことを明らかにした。
◆シー・シェパード 抗議船が沈没 世界最速ボート転用
1月8日12時22分配信 毎日新聞
【ジャカルタ支局】
 反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)は7日、日本の調査捕鯨船と衝突、大破した抗議船「アディ・ギル号」が沈没したことをウェブサイト上で明らかにした。SSの別の船がえい航作業中だった。

【写真で見る衝突の様子】調査捕鯨:調査船と抗議船が衝突
http://video.mainichi.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48227968/48227968peevee291545.flv

 アディ・ギル号は三胴型の高速ボート。08年4~6月には、「アースレース号」の名前で、それまでの記録を一気に2週間短縮する、発動機艇の世界一周最速記録(61日間)をスペイン発着コースで打ち立てた。
 AP通信などによると、全長約24メートルで、船体は炭素繊維などでできており、最大速度は50ノット(時速約93キロ)。化石燃料の代替のバイオディーゼル燃料を使用するという。
 船長のニュージーランド人男性らが04年ごろ、バイオ燃料の啓発などを目的に、世界記録更新を目指して建造を企画した。記録更新後、SSの抗議船として利用されることになり、SSは昨年10月、「同船獲得を支援した(資金)寄付者」(SSウェブサイト)の米国の実業家の名前に"改名"した。SSは、黒に塗り替えられ「ステルス爆撃機に似た」(AP通信)外観となったアディ・ギル号を、同12月から、日本の捕鯨活動の阻止行動に用いると発表していた。

成人式/外国人参政権反対遊説(渋谷・横浜)

 午前11時より、渋谷駅前ハチ公広場で開催された草莽全国地方議員の会(超党派)主催による外国人参政権反対遊説に参加しました。遊説活動は午後から横浜駅前に移動して行うことになっておりましたが、私は港区の成人式に来賓として招かれていたため、一旦隊列を離れ地元に戻りました。
21J議他269-6342.jpg 「成人の日 記念のつどい」に出席致しました。
 成人式については、一年前も掲載致しましたが(http://herumi.jp/giin/post_46.php)、一部成人による騒ぎ等で、式典の運営に支障が出るなどの事態が各地で起きており、今年も関連ニュースが続きました。港区も一昨年まで、狼藉(ろうぜき)を働く成人こそいませんでしたが、式典中私語を慎まない人が多く、早速議会で取り上げ改善を区に求めました。
 その結果昨年からは行政の皆さん、実行委員に参加された新成人の皆さんの努力が実り、折り目けじめが在る、かつ和やかな雰囲気の式典になっております。
 式典は二部構成となり、第一部は港区長など来賓によるスピーチを厳粛に聞く時間、第二部では旧友との再会を楽しむための歓談の時間となっております。一部と二部の間は、会場の模様替えを行うために、一旦新成人に移動してもらい、その間に一部で使用した椅子を撤去し新たに丸テーブルを運び入れ、再び新成人を会場に招き入れる仕組みを取っております。
21J議他269-6347.jpg 一見手間がかかるようなプロセスにも見えますが、全員が次の目的のためお互い協力し合い動くことを、成人になってすぐに体感することは、意味のあることだと思います。
 新成人の皆さんおめでとうございました。

 式典終了後、横浜に向かい、横浜駅西口で行われた外国人参政権反対遊説に再び合流致しました。

 神奈川県民の皆さんに訴えました。

  • 私は民主党員である前に日本の国民であること。
  • 国民として国益を第一に考える責務があること。
  • 外国人参政権反対は外国人差別には当たらないこと。
  • どんな国会議員でも、選挙区内に地方議員を多く擁さなければ活動ができず、地方参政権とはいえ国政に多大な影響を与えること。
  • 「将を射るには馬を射ろ」の諺どおり、国(将)を倒すなら、都道府県議会議員(馬)や市区町村議会議員(馬の足)を押さえれば可能となること。

 なお当日の遊説の様子を動画サイトYou Tubeで見ることが出来ます。
http://www.youtube.com/watch?v=fTw3L-ClNtI

港区新年あいさつ交歓会

21J政273-6285.jpg 港区新年あいさつ交歓会が、東京プリンスホテルで開催され、町会などの地域団体、商店会などの産業団体、PTAなどの教育団体、港区行政それに区議会関係者が一同に会しました(写真:壇上は武井雅昭港区長)。

駅頭活動再開

21J政267-6277.jpg 新年に入り、本日より朝の駅頭活動「朝風」を再開致しました。
 今日の現場は東京メトロ南北線六本木一丁目駅2番口です。都合により火曜日実施となりましたが、以降従来どおり隔週で月曜日の朝8時より9時まで挨拶を行っております。区政にご要望がございましたら、お気軽にお声掛け願います。

年賀交歓会

IMG_3177.JPG 本日より港区行政が今年の業務を開始します。毎年恒例の議会と行政による年賀交歓会が午前11時30分より開催されました。
 交歓会終了後、全議員と幹部職員との、また会派毎(写真)の記念撮影が行われました。
 改めまして本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

箱根駅伝復路応援/「北と極秘接触」について

21J地266-6175.jpg21J地266-6256.jpg
 昨日に引き続き、箱根駅伝復路の応援に入りました。我が明治は6位でスタートし、一時5位に上がりましたが、その後7位、8位と落ちて来ました。
 応援場所は昨日と同様西新橋交差点ですが、復路なので反対側に陣取りました。トップは断トツで昨年の覇者東洋大学、明治はそのまま8位で通り過ぎました。このまま8位をキープするかと思いきや、その後青山学院大学さらには日本体育大学に追い抜かれ、最後大手町のゴールでは、来年出場が可能となるシードギリギリの10位でゴールしました。
 出場した各選手は、皆さん本当にいい顔をしておりました。明治でなくても、皆さん応援したくなるような気分になりました。
※写真:(左)トップを走る東洋大学選手。(右)8位を激走する明治大学選手。

◇         ◇         ◇
               

 さて本日以下のニュースが入りました。産経新聞購読者以外のために転載します。この件で、情報が入り次第お伝えします。

◆民主、北と極秘接触 複数ルート、拉致被害者の確認要求 北、生存の可能性示唆◆
2010年1月3日(日)8時0分配信 産経新聞

 北朝鮮による日本人拉致問題をめぐり、複数の民主党関係者が昨年夏以降、数回にわたって中国で北朝鮮側と極秘に接触し、拉致被害者の行方を確認するよう要求していたことが2日、分かった。鳩山政権と北朝鮮側との接触が明らかになったのは初めて。また北朝鮮側は、民主党関係者に対し、拉致被害者の中に生存者がいる可能性を示唆しているという。北朝鮮側の対応次第では今夏の参院選前にも日朝両国の公式協議が始まる可能性が出てきた。

 複数の政府・与党関係者によると、秘密接触は政権交代が実現する前の昨年夏ごろから始まり、鳩山内閣の発足後に本格化した。
 秘密接触の1つのルートは、小沢一郎幹事長に近いとされる人物で、ほぼ月に1回の割合で北京の北朝鮮大使館を訪問している。もう1つは、昨年10月中旬に、別の党関係者が首相官邸サイドの意向を受けて訪中した。このときは「仲介者をはさんだ形で、北朝鮮の高位にある人物と日朝間の諸懸案について意見交換した」(日朝関係筋)という。
 一連の接触で、民主党側は拉致被害者の行方を改めて確認するよう要求した。北朝鮮側からは、名前や身分など具体的なことは明らかにしないものの、「体をこわした人がいる」という返事があったという。
 日朝関係筋によると、秘密接触には金正日総書記側近の一人で、対韓政策の実務責任者である金養建・朝鮮労働党統一戦線部長が関与しているもようだ。外務省幹部は「生存者情報の真偽は不明だが、北朝鮮は民主党政権の考えを探りに出ているのではないか」とみている。
 鳩山由紀夫首相は昨年12月、自らの訪朝について「北朝鮮に行く必要が出てきたときには体を張っていくべきだ」と表明している。数回にわたる秘密接触は、首相や小沢氏らの訪朝への地ならしで、拉致被害者の生存を訪朝の「成果」にしようとの意図があるとみられる。
 対北朝鮮問題に取り組んでいる民主党関係者の一人は産経新聞の取材に対し、秘密接触への自らの関与を否定した上で「政府高官からも日朝間の状況を聞かれ、『何か動きがあれば教える』と言ってある」とこたえた。
 拉致問題をめぐり北朝鮮側は、福田康夫内閣時代の平成20年8月の日朝実務者協議で、拉致問題を再調査するための委員会の設置を約束した。しかし、9月の福田内閣退陣表明を受けて、調査の「延期」を通告していた。
 一方で、金総書記が昨年10月の中国の温家宝首相との会談で「対日関係改善の用意はある。いまは鳩山政権の出方を注視している」と述べ、中国側も「このチャンスを逃してはならない」との考えを日本側に伝えたとされている。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-m20100103002/1.htm

 

箱根駅伝往路応援

21J地265-6139.jpg 第86回東京箱根間往復大学駅伝競走が開催されております。
 初日の今日は往路で、日比谷通り西新橋交差点において、明治大学校友会港区支部の皆さんと共に、母校明治大学選手の応援を行いました。応援には、同じく明治大学出身の七戸淳区議も参加しました。
 この場所は一区と呼ばれる区間ですが、まだ全選手が固まって走っている状態なのですが、その中でも早稲田と明治の選手が先頭を走っておりました。その後明治はぐんぐんピッチを上げトップになり、三区に入る戸塚中継所では、実に49年ぶりに一位で襷を繋ぎました。さらに五区に入る小田原中継所では、なんと61年ぶりに一位で襷を繋げました。しかしその後昨年の優勝校東洋大学が、さらに日本大学、東海大学にも追い抜かれ、最終的には往路6位に終わりました。
 明日は復路の応援に行きます。

 ところで、私にとって一年の事始は、この箱根駅伝応援の為に、西新橋交差点での場所取りを行うことであります。この場所取り、実は早い者勝ちであります。いつも明大応援エリアの周辺一帯は、全て日本大学の桃色の旗で固めら、日大の皆さんの意気込みを感じます。恐るべし日大!

新しい年の幕開けです。

21J議264-6166.jpg 平成22年(皇紀2670年)の年が始まりを、皆様と共に迎えることができ、大変嬉しく思います。
 今年は私にとり、任期最終年であり、港区議会議員として仕上げの一年として、誠心誠意皆様の為に仕事を行い、また日々迅速な対応ができる政治を進めて参ります。また夏の参院選を挟んで、日本の政治も様々な動きがあることも予想されます。このブログを通じて、重要情報を適宜皆様にお伝えできるように頑張ります。

 元日午前零時を過ぎ、外出いたしました。NHKの中継にも在りましたとおり増上寺ではカウントダウン行事として風船を飛ばすイベントが行われておりました。イベント終了後大勢の皆さんが、外苑東通りを六本木方向に歩く姿が見られました。
 私は飯倉熊野神社(東麻布)、八幡神社(虎ノ門)、竜土神明宮天祖神社(六本木)を順に参拝致しました。熊野神社前では、地元の東麻布飯五町会の皆さんが、道行く人に甘酒を振舞っておりました。

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