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活動報告

質問通告書を提出(一定一般質問)

 今月24日から第一回定例会(一定)が始まります。今回一般質問に立つことになり、本日質問通告書を提出致しました。

1.地方自治法改正に関わる取り組みについて
(1)政府の地方自治法改正に向けた動きについて
 これまでも度々地方分権に関する様々な動きがあったが、政権交代後という新しい状況の中での、政府の地方自治法改正に向けた動きに対し、港区として、どうに情勢を把握し、対応を検討して行こうと現時点で考えているのか。
(2)特別地方公共団体からの脱却について
 このままでは国の考え方が主導して、港区を含めた特別区の区割りや役割が決められてしまう可能性もある。他区と連携して、地方自治法の改正、特別地方公共団体からの脱却をめざすなど、"上からの改革"だけでなく、地元からの改革として、国に対する意見や姿勢を明らかにして行く考えは。

2.期日前投票所の設置について
(1)設置場所について
 鉄道駅初め区民の往来が多い場所に期日前投票所を設置することは、投票率の向上にも役立つかと思うが、今後の期日前投票所の設置のあり方については。

3.区内中小企業と大手企業等との産産連携について
(1)区内産業発展のため大手企業の参加に向けた取り組みについて
 ビジネス交流会を、単なる顔合わせや、そのための場所の提供だけでなく、スなど参加企業や商品の事がもっと理解できるような工夫が必要では。また大企業の参加を即す為にも、区長自らのトップセールスなど、待ちの姿勢から責めの姿勢も大切では。
(2)東京都中小企業振興公社における区内中小企業と大手企業との産産連携について

4.ごみの不法投棄対策について
 ごみの不法投棄の一層の推進、中でも迷惑行為が確認された場合の民間の回収業者への指導について。

5.ちぃばす実証運行について
 実証運行終了後の対応について、現状ではどのような考えでいるのか。コミュニティータクシーの活用は。

6.朝鮮学校保護者補助金について
 朝鮮学校保護者補助金の実態を区の責任できちんと検証してもらいたい。

7.議会基本条例について
 総務省に地方行財政検討会議が発足し、来年3月に地方自治法改正案を国会に提出する姿勢を政府は示している。上からの改革を受け入れるだけでなく、区民に最も身近な基礎自治体の議会として、私達も自らの存在意義を明らかにするためにも、議会基本条例制定に向けた検討を議員の皆さんに呼びかけたい。

葬送 大塚雄司先生

 元衆議院議員、大塚雄司氏が先月亡くなられ、今月16日に本葬、また18日には「お別れの会」が開催され、それぞれ列席させて頂きました。

 港区で生まれ育った者として、物心が付いた頃より、大塚先生のお名前を存じ上げておりました。都議会議員を経て、昭和51年の衆議院議員選挙で初当選されましたが、以来選挙の度に「おおつか ゆうじ!、おおつか ゆうじ!」と連呼して走る宣伝カーをよく見ました。
 昭和60年に行われた東京都議会議員選挙で、当時都議会議員でいらした清原錬太郎候補の演説会がロアビル前で行われ、当時の中曽根康弘首相も応援に来られました。
 私は聴衆の一人として、日の丸の小旗を持って、ロアビル前の階段に立っておりました。首相が到着されるまでの間、大塚雄司衆議院議員が演説されていらっしゃいました。その中で、「投票日の天気が悪いと、投票者数が減り、特定の組織政党に有利な結果となる。皆さん、投票に行って下さい。」と何度も訴えておられました。当時は、現在の様な期日前投票制度が無く、また投票時間も午後6時までとなっておりました。
 あれから四半世紀が経ち、投票に関する制度も改善し利便性も向上しました。しかし時代背景がどうであれ、利便性の善し悪しは別として、民主主義国家の主権者として、投票は権利の行使であり、投票しないことは、権利の放棄であることには変わりありません。「投票に行かなければならない。」大塚先生から最初に学んだ言葉です。
 先生は、3年前の区議会議員選挙の折、私の事務所に来訪されました。事務所の一番奥に、松下幸之助塾主の為書が貼られ、その隣に先生の為書が貼られていたのですが、その光景をご覧になられ、大いに喜ばれたそうです。
 港区から日本の国政発展貢献された大塚雄司先生のご逝去に心より哀悼の意を表しご冥福をお祈り申し上げます。
 合掌

駅頭活動「朝風」(六本木一丁目駅頭)

000150:DSC07722.jpg 本日午前8時から9時まで、東京メトロ南北線六本木一丁目駅2番口にて、駅頭活動「朝風」(挨拶活動)を実施致しました。

議員団会議・議案説明

 正午からフォーラム民主議員団会議が開かれました。内容は以下のとおりです。
1. 報告事項
① 22一定関連(代表質問・一般質問・予特総括質問)
  代表質問:阿部浩子 一般質問:山本閉留巳 予算特別委員会総括質問:杉浦のりお
② 常任・特別委員会関連報告
  4常任及び4特別委員会の日程について、各委員から報告が在りました。
③ 所沢視察について
  議会基本条例をテーマに、19日に所沢市議会に視察に行く件が了承されました。
④ 沖縄視察(総務常任委員会視察)について
  総務常任委員会で我が会派より、平和行政をテーマに沖縄視察の提案をしたことが報告され ました。
⑤ 八丈島視察(会派視察)について
  4月に会派としての行政視察として、八丈島に行く件について報告が行われました。
2. 審議事項
① 平成22年度予算特別委員会理事の選任
  山本閉留巳、杉浦のりお両議員が理事に就任する予定です。
② 新規及び継続の請願への対応について
  外国人参政権の慎重審議を求める趣旨の請願提出が予定されており、総務常任委員会が所管する予定。本来所管委員会委員は請願に署名しない慣例で、私は所管委員会である総務常任委員会の副委員長でありますが、国益のため、この慣例にとらわれない対応を考えております。
③ 平成22年第一回港区議会終了日の懇親会について
  幹事議員は、渡辺専太郎議員が決まりました。

 午後から、行政担当者から我が会派に対する議案説明が行われました。
 平成22年第一回港区議会定例会提出予定案件は以下のとおりです。内訳は、区長報告2件、条例改正14件(新規1件・一部改正13件)、補正予算4件、当初予算5件、工事請負契約の承認6件、指定管理者の指定1件、包括外部監査契約の締結1件、東京都後期高齢者医療広域連合葬祭費事務の受託1件、東京都後期高齢者医療広域連合規約の変更に関する協議1件です。
<区長報告2件>
区長報告第1号 専決処分について((仮称)こうなん星の公園自転車駐車場整備工事請負契約の変更)
区長報告第2号 専決処分について(港区立芝浦小学校・幼稚園改築工事請負契約の変更)
<議案33件>
議案第 1号 港区職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例の一部を改正する条例
議案第 2号 港区特別職報酬等審議会条例の一部を改正する条例
議案第 3号 港区職員の給与に関する条例の一部を改正する条例
議案第 4号 港区職員の退職手当に関する条例の一部を改正する条例
議案第 5号 港区道路占用料等徴収条例の一部を改正する条例
議案第 6号 港区立公園条例の一部を改正する条例
議案第 7号 港区立上下水道施設上部利用公園条例の一部を改正する条例
議案第 8号 港区自転車等の放置防止及び自転車等駐車場の整備に関する条例の一部を改正する条例
議案第 9号 港区立福祉会館条例の一部を改正する条例
議案第10号 港区立いきいきプラザ条例(新規)
議案第11号 港区国民健康保険条例の一部を改正する条例
議案第12号 港区幼稚園教育職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例の一部を改正する条例
議案第13号 港区幼稚園教育職員の給与に関する条例の一部を改正する条例
議案第14号 港区立運動場条例の一部を改正する条例
議案第15号 平成21年度港区一般会計補正予算(第7号)
議案第16号 平成21年度港区国民健康保険事業会計補正予算(第2号)
議案第17号 平成21年度港区老人保健医療会計補正予算(第1号)
議案第18号 平成21年度港区後期高齢者医療会計補正予算(第2号)
議案第19号 平成22年度港区一般会計予算
議案第20号 平成22年度港区国民健康保険事業会計予算
議案第21号 平成22年度港区老人保健医療会計予算
議案第22号 平成22年度港区後期高齢者医療会計予算
議案第23号 平成22年度港区介護保険会計予算
議案第24号 工事請負契約の承認について((仮称)芝地区子ども中高生プラザ等保健福祉複合施設新築に伴う電気設備工事)
議案第25号 工事請負契約の承認について((仮称)芝地区子ども中高生プラザ等保健福祉複合施設新築に伴う電気設備工事)
議案第26号 工事請負契約の承認について((仮称)芝地区子ども中高生プラザ等保健福祉複合施設新築に伴う空気調和設備工事)
議案第27号 工事請負契約の承認について((仮称)芝地区子ども中高生プラザ等保健福祉複合施設新築に伴う給排水衛生設備工事)
議案第28号 工事請負契約の承認について(港区立港南小学校グランド等設備及び港南幼稚園改築工事)
議案第29号 工事請負契約の承認について(港区立港南小学校グランド等設備及び港南幼稚園改築に伴う機械設備工事)
議案第30号 指定管理者の指定について(港区立麻布十番公共駐車場)
議案第31号 包括外部監査契約の締結について
議案第32号 東京都後期高齢者医療広域連合葬祭費事務の受託について
議案第33号 東京都後期高齢者医療広域連合規約の変更に関する協議について
<追加議案1件>
          人権擁護委員候補者の推薦について

父の墓参(10日)

000150:DSC07490.jpg 父の墓をお参りしました(上写真)。
 場所は、マニラ首都圏の郊外、パラニャーケ市にあるマニラ・メモリアル・パークの中です。パーク内には、27年前に暗殺されたベニグノ・アキノ元上院議員、その妻であるコラソン・アキノ元大統領のお墓もあり参拝しました。

 000151:DSC07536.jpgマニラ市内に移動し、リサール公園に参りました。公園内にはフィリピン独立の英雄、ホセ・リサールの記念塔が立っております。その近くに立つ国旗掲揚塔の土台部分に、1946年独立当時の国会議員の名前が記された碑が在り、その中に私の父親の名前、ヘルミノヒルド・アティエンザの名も彫られております。彼は30代の若かりし頃、独立と建国の理想に燃え、国会議員になったのだと思いますが、同志と共に栄誉を称えられていることに感動を覚えました(中写真)。

000152:DSC07574.jpg その後観光地で有名なサンチャゴ要塞、サンオーガスティン教会を見て周りました。サンオーガスティン教会は400年前に建立された石造りの教会で、フィリピンだけでなく人類の遺産だと思いました(下写真)。

マニラより

 父の墓参のため、昨日19年ぶりにマニラ入りしました。

 日本人の多くが、フィリピン共和国の首都はマニラだと思いますが、英語表記ではMetro Manilaで、私流に直訳するとマニラ都になります。何だか東京都みたいですが、日本の報道機関や旅行用のガイドブック等では、大マニラ市、あるいはマニラ首都圏と表記されておりますので、ここではマニラ首都圏で統一します(因みに東京都の英語表記は、Tokyo Metropolitanです)。
 東京都が23区や26市等で構成されているように、マニラ首都圏も17の市から構成されております。大統領官邸を初め行政機関が集中するマニラ市、大日本帝国の統治が終わり1946年の独立から1976年まで首都が置かれていたケソン市、金融などビジネスの拠点となっているマカティ市、ニノイ・アキノ国際空港や日本大使館が在るパサイ市などが在り、各市にはそれぞれ市庁と市議会が置かれています。

 ソフィテル・フィリピン・プラザホテル・マニラ(旧フィリピン・プラザホテル)にチェックインしました。玄関では宿泊客でも来場者でも構わずセキュリティ・チェック(保安検査)を受けましたが、こんなことは初めてです。そして晴れて入館すると、玄関で民族衣装を着た女性従業員が、相手が日本人でも韓国人でも欧米人でも構わず、「ボンジュール」と声をかけて来ました。フィリピンなのに何でフランス語なのかと思いきや、このホテルは何年か前にフランス資本の傘下になっていたのが理由のようです。
 宿泊客には全員ICカードが手渡されます。ドアキーのためかと初め思いましたが、それだけではなく、エレベータもこのカードが無ければ動かない仕組みで、不特定多数が出入りする可能性があるホテルでありながら、おそらくは保安上の理由かとも思いますが、その不特定多数を規制する経営上の思惑を感じました。

21J他287-7450.jpg チェックイン後、鉄道ファンの血が騒いだか、首都圏内を走る鉄道MRT3(Metro Rail Transit Line 3)に乗りました。1991年に来比した際は、高架鉄道はLRT1(Light Rail Transit 1)の一路線しか運航していませんでしたが、現在は3路線が運行されています。
 始発駅であるタフトアベニュー駅では、乗車券購入前に乗客は全員セキュリティチェックを受けました。これも以前は無かった現象です。また乗車券販売窓口が少ないため長蛇の列が出来ていました。 車両はドイツ製で、一応エアコンも作動しているはずですが、あまりに多くの乗客がいるため、車内は息苦しい環境でした。
 このMRT3でオルティガスに行きました。17市の一つマンダルーヨン市にあるオルティガスは、1990年代以降、マカティ市に次ぐビジネスセンターとして急成長している地域ですが、1986年のエドュサ革命(日本ではフィリピン革命と呼ばれますが)の際、この地区を走るエドュサ通りからマラカニアン宮殿(大統領官邸)へ人々の行進が行われ、それを記念して、1989年に新たにエドュサ教会が建立されました。21J他287-7458.jpg
 MRT3でアヤラ駅まで戻りました。アヤラはフィリピンの財閥の名前で、現在のマカティ市も、元々はアヤラ家の所有地であったと言われております。そのせいか同市のメインストリートはアヤラ通りと呼ばれております。同市にあるインターコンティネンタルホテルは思い出の場所。幼年期にこのホテルにあるレストラン「ジープニーバー」でよく食事をしました。店内にジープニー(米軍ジープを改造した小型バス)を模した座席が置かれているのが特徴のはずだったのですが、ジープニー席は既に撤去され、車両のパーツのみが店内の壁に貼られているだけで残念。21J他287-7464.jpg
 ホテル周辺は、昔は大きな駐車場と大型免税店が一軒あるだけの簡素な環境でしたが、現在はショッピングセンターも複数立ち並び、自動車も増え、鉄道まで走っている状態で、混沌とした街に変貌してしまいました。変わったといえば、かってマニラ湾沿いを走っていたロハス大通りは、椰子の木が立ち並び、フィリピンないしはマニラを象徴する景観でしたが、海は埋め立てられ、木々は切り取られ、単なる大通りに変わっていました。日本で言われているような景観も何もあったものではありません。

 夜ホテルに、従兄弟で元マニラ市長のリト・アティエンザ氏が訪ねて来ました。マニラ圏内で一日感じたことですが、空港は当然としても、ホテルも公共交通機関も、果ては飲食店に至るまで、保安検査が徹底され、良しも悪しきもノー天気なフィリピン社会が、何か安全に対して神経質になっているムードについて、彼に疑問をぶつけてみました。「今はテロの時代。全てテロが原因だ。治安も良くない。」という答えが返ってきました。
 およそ20年ぶりのマニラですが、アロヨ政権下で都市の開発が進む一方、治安悪化に神経を使わなければならない空気を感じました。今年5月には、大統領選挙が行われますが、この国の針路に関心を持ち続けたいと思いました。そして今日、墓参を終えたところですが、その様子は明日以降に掲載します(明日10日に帰国します)。

高萩市長選挙

21J政286-7225.jpg 高萩市(茨城県)の市長選挙が、先月31日告示、今月7日に投開票され、現職の草間吉夫氏が2期目の当選を果たしました。
 草間は私と同年ですが、松下政経塾では6期後輩(16期生)に当たります。平成13年(2001年)の都議選に私が立候補した際、ボランティアとして参加し、夜通しかけて手製のノボリを作るなど本当にお世話になった方です。
 選挙期間中の今月4日、私は応援のため現地入りしました(写真)。草間氏が4年前初めて市長選挙に立候補した際も応援に参りましたが、この時草間氏の政策の一つが予防福祉という概念です。日本の福祉政策は、その全てとは言いませんが、障害や認知症など、概して人が福祉を必要とするようになった後の状況を基準に考えているのではないかと感じます。彼は人が福祉を必要とする前の段階で、いかに健全な老後を過ごすのかを考え、その事が究極的には行政に過大な負担を及ぼさないことにもなるという考え方です。
 今回の選挙では、これに加え産業の誘致も大きな争点となりました。彼は任期中の4年間に、工業団地の8割のスペースで、企業誘致に成功してきた実績があります。また映画やドラマのロケ誘致にも熱心で、現在放送されているNHK大河ドラマ「龍馬伝」のロケも、同市で行われています。今後もこの誘致の流れを加速させ、高萩市の産業振興を一層推進することになります。
 草間市長の再選を心よりお喜び申し上げ、今後の高萩市の発展をお祈り申し上げます。

 ところで私は今日から三日間、父の墓参のため、フィリピン共和国の首都、マニラ首都圏に来ており、この記事もマニラのホテルで書いております。詳細は明日以降お知らせ致します。

<参照URL>
高萩に新たな風便り http://kusama1.blog45.fc2.com/

麻布十番駅頭活動/麻布町会・自治会連合会

000093:DSC07339.jpg 本日朝の駅頭活動「朝風」を、麻布十番駅2番口で行いました。

000092(DSC07341).jpg 港区麻布町会・自治会連合会新春懇親会が、メルパルク東京で開催され、出席して参りました。私が所属している麻ノ葉町会も、同連合会の一員です。今年も麻布地区の地域発展のために微力ながら貢献して参りたいと存じます。
(写真:開会の挨拶を行う中島八郎麻布町会・自治会連合会会長)

<関連URL>
●Kissポート:地域人:麻布町会・自治会連合会会長 中島 八郎さん http://www.kissport.or.jp/tiikizin/index.html
●メルパルク東京 
http://www.mielparque.jp/tky/tky01.html

戦車体験搭乗

000090(DSC07119).jpg 港区防衛親交会の平成21年度戦車体験搭乗(部隊研修)として、陸上自衛隊駒門駐屯地(静岡県御殿場市)を訪れました。
 同駐屯地には、PKOなどのための教育を行う国際活動教育隊、機甲科部隊である第一戦車大隊、対空ミサイル射撃などを行う第一高射特科大隊、工兵部隊である第364施設中隊などが駐屯しております。駐屯地司令には、国際教育活動隊長(連隊長級)が兼務しております。
 駐屯地司令への表敬を終えた後、体験搭乗しました。今回体験搭乗したのが74式戦車です。三菱重工製で、日本の山がちな国土形状に合わせ、戦車の高さや傾きなど自由に制御できる能力を持っております。1974年(昭和49年)から導入されたモデルであることから74式と呼ばれます。大戦前なら形式番号に皇紀を使用していたのですが、戦後は西暦を使用しているのが実情です。国産戦車なのですから、せめて年号を使用してほしいと国民の一人としては思います。
 参加者は、10名程度のグループに分かれ、順次搭乗し、戦車は駐屯地敷地内を巡回しました。やはり軍用だけあって、エンジン音は大きく、また走行中の揺れも相当なものです。特にカーブなどでは、一般車両のように曲がるのではなく、キャタピラ走行のため、徐々に複数回方向転換しながら曲がります。
 搭乗後、運転席に座らせていただきました(上の写真)。戦車内のことについては軍事機密のため公にはできませんが、運転席は私にはとにかく狭いの一言につきます。ただハンドル、ギア、アクセル、ブレーキなどが有る事は、一般車両と同じでした。
 体験搭乗の後、81式短距離地対空誘導弾や対空レーダー装置JTPS-P14の見学も行いました(下の写真)。日本は島国ですので、敵による正面攻撃の場合は、国土に対する着上陸が考えられます。対空装備は、そのための備えの一環であり、必要不可欠な装備であることを、改めて認識致しました。

000091(DSC07185).jpg 今回の研修を主催した港区防衛親交会は、昭和53年(1978年)に設立された団体です。当時防衛庁は六本木に在りました。設立時私はまだ小学生でしたが、母親が教育上必要とのことで、私の名前で会員登録してしまいました。以来会員として活動して参りましたが、議員就任後、同会の顧問就任を依頼されお受けしております。

<関連URL>
防衛省・陸上自衛隊|装備|車両 http://www.mod.go.jp/gsdf/equipment/ve/1_25.html

 

東麻布で節分祭

12-120289-000053.jpg 飯倉熊野神社で、毎年恒例の節分祭が行われました。同神社での節分祭は、周辺の氏子4町会が持ち回りで開催するのですが、今年の当番町会は東麻布飯五町会(斉藤竹雄会長)でした。
 まず神社本殿で祭礼が行われ、氏子4町会、地元の信用金庫、そして議会関係者がお祓いを受け、それぞれ代表者が拍手(かしわで)をうちました。
 祭礼後例年であれば、祭殿から境内に向け、豆や菓子類が投げられるのですが、今年は社務所が工事中でスペースに制限が在るため、隣接する旧飯倉小学校の校庭で豆まきが行われました(写真)。
 集まった家族連れが、一つでも多くの菓子類などお土産を受け取ろうと大いに盛り上がりました。

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