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飯塚家と金賢姫氏の面会について

 11日午前、飯塚繁雄拉致被害者家族会代表、飯塚耕一郎氏(拉致被害者田口八重子さん子息)と、元北朝鮮工作員金賢姫氏との面会が行われました。

 面会場所は韓国釜山市内にある国際会議場BEXCO。
 政府拉致問題対策本部によると、面談は終始和やかな雰囲気の元、会話は全て日本語で行われました。
 面談の大部分は北朝鮮での田口八重子さんの様子についてで、金氏は時折笑顔を見せながらも、真摯かつ感慨深げに田口さんとの思い出を紹介しました。金氏から耕一郎氏に、「お母さんは生きているからから希望を持ってほしい。私を韓国のお母さんと思ってほしい。」との励ましの言葉が在りました。
 飯塚家からは、金氏が田口さんについて証言して頂いたことに感謝の気持ちが伝えられました。また田口さん以外の拉致被害者、特定失踪者について、資料を伝達しながら情報提供を求めました。
 最後に金氏より拉致問題解決に向け積極的に協力して行きたいとの意向が示され、田口さんを交えた4人での再会を約束して面談が終了しました。

 耕一郎氏が金氏宛に手紙を書いて三年が経ち、今回の面会に至りました。今回の面会により、金氏から田口さんの話を直接聞けたこと、そして証言して下さったことについてお礼を伝えたいとの飯塚家の思いが実現し、国民の一人として大変喜ばしいことだと思います。
 今回の面会で、拉致問題が一挙に解決するものではありませんが、金氏から直接話を聞く機会を得たこと、また拉致問題解決に向け日韓連携の姿勢を国際社会に示したことは意義深いものが在ります。
 今から21年前の昭和63年(1988年)夏、私は松下政経塾を受験致しました。第一次試験は論文形式でしたが、私が自ら設定したテーマは「大韓航空機爆破事件と日本の国家戦略の欠如」だったと記憶しております。その中で日本人が拉致されていることにも触れましたが、当時はまだ田口八重子さんという名前を知らず、世間で公表されていた「李恩恵 リ・ウネ」という氏名を使用したことを覚えております。
 今回の面会は田口さん、そして拉致被害者救出に向けた一歩だと思いますが、事件発生から30年以上、そして「リ・ウネ」の名前ながら彼女の存在が明らかにされて20年以上が経過しており、あまりに時間がかかり過ぎていると思います。北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会幹事として、一日も早い救出を目指して参りたいと思います。
 なお同協議会では、金賢姫氏の日本招請実現に向け行動して行く予定です。

※田口八重子さん拉致事件関連情報 http://nyt.trycomp.net/jokyo/03.html


 

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