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追悼 上坂冬子先生ご逝去

 ノンフィクション作家で、松下政経塾理事の上坂冬子先生が、今月14日、都内の病院で亡くなられました。享年78歳。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 上坂先生との出会いは、今から20年前。昭和63年(1988年)夏、当時私は明治大学4年生として、松下政経塾の入塾試験を受けておりました。最終試験が役員面接で、その時の面接試験員のお一人が上坂先生でした。この時私は受験生のトップバッターで、二番手は東京大学の坂井学現衆議院議員でした。
 先生は私の生い立ちを理解した上で、居並ぶ試験員の中で、一番厳しい質問をされました。
「あなたは政治家を目指すそうですが、この国で、人種や民族、それらの偏見と闘いながら、目標を達成して行けますか。」
「はい。今までも経験が有りますから、大丈夫だと思います。」
 後年聞いたところでは、先生は私に高い評価を与えてくれたそうです。
 卒塾後、先生と再会する機会が在りました。場所はカンボジア、首都プノンペンの郊外。当時サラリーマンだった私は、夏休みを利用して、カンボジアで帰還民を支援するボランティア活動に参加しておりました。ポル・ポト政権下で弾圧を受けた人々が、列車に乗ってタイ国境から帰って来ました。現地では難民とは言わず、帰還民と呼んでおりました。現場には駅が無く、列車は草原にただ停車しているだけの状態でした。私は列車から荷物をせっせと降ろしていたのですが、取材に来られていた先生とバッタリでした。現地の様子をお話したのですが、その時の様子が、当時の週刊文春にも掲載されました。
 最後にお目にかかったのが、昨年松下政経塾に於いてでした。失礼ながら、すっかり髪も白くなられ、また杖を突きながら歩かれておりましたが、依然凛とした様子でいらっしゃいました。先生が産経新聞に寄せて来られた連載「老いの一喝」で、昨20日の稿が遺稿となりました。テーマは「枝葉末節な禁煙の理由」で、行き過ぎ、こじ付けの多い禁煙推進の世相に警鐘を鳴らす内容でした。
 改めて心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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