拉致被害者、市川修一さんのお母様、市川トミさんが亡くなられました。心よりご冥福をお祈り致します。
横田めぐみさんが、北朝鮮工作員に拉致されてから31年が経ちました。
この日事件現場を視察しました。視察は、午後3時台と、また事件が起きた可能性が高い午後6時30分過ぎに、それぞれ一回ずつ行いました。以下の写真は、3時台を中心にに撮影したものです。
めぐみさんが在籍していた新潟市立寄居中学校。事件が起きた昭和52年(1977年)11月15日、午後6時30分頃、友人二人と、校門手前に写る営所通りを向かって左手に進んだ。
同級生A子さんはここで右折、めぐみさんとB子さんはそのまま直進した。
西大畑交差点。B子さんはここで左折、以後めぐみさんは一人で自宅方向に直進した。
運命のT字路(事件現場)。当時捜索に当たった新潟県警の警察犬が、寄居中校門から進み、この場所で動きを止めた。車に無理やり押し込まれたものと考えられる(推定午後6時35頃)。
同じ場所における事件発生推定時刻の写真。現在は付近に街灯が在るが、当時は無く、夜は暗闇であったという。
警察犬はマンホールの辺りでくるくる回り、それ以上先には進まなかった。めぐみさんの自宅は、向かって左手方向。
同じ場所の事件発生推定時刻の写真。
横田宅(当時)の隣家。事件当日の午後6時半過ぎに、この家の二階に下宿していた女子大生が、女性の悲鳴を聞いている。
横田宅近くの寄居海岸、遠くかすかに佐渡島が見える。午後7時台に爆発音が響き、めぐみさんの母、早紀江さんを初め近隣住民も耳にしている。工作船のエンジン起動音かと思われる。事件からおよそ一年後、佐渡で曽我ひとみさんが拉致された。めぐみさんとひとみさんは、一時期北朝鮮の収容施設で生活を共にしている。
また事件発生直前には、現場付近で不審な出来事も起きておりました。
寄居中学裏手の道。めぐみさん拉致事件が明らかになった後年、当時の同級生D子さんが、当日夕方この場所に不審な白い車が止まっていたことを思い出し証言している。白い車については、当日この周辺で複数回目撃証言が有る。
事件が起きた営所通りから一本北側に位置するあいづ通り。めぐみさん拉致直前、近所の女子高生E子さんが、ここで背後から二人の男が迫る気配を感じ逃走。その際道路脇の空き地に止まっていた白い車を目撃。さらにその前、同日午後、付近でめぐみさんの同級生の母F子さんも、白い車に乗った不審者に危うく拉致されそうになった。
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