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拉致被害者帰国から7年

 5人の拉致被害者が帰国してから、今月17日で7年が経過しました。
 7年前のあの日、私は拉致被害者救援組織の一員として、拉致被害者家族会の皆さんと、衆議院議員会館内に設置された前線本部に詰めておりました。
 午後、外務省の要請で、家族等が我々から切り離され、港区麻布台に在る外務省飯倉公館に連れ出されてしまいました。この場所で、報道陣や我々がシャットアウトした状態で、いわゆる「死亡情報」が家族の皆さんに告げられ、しかも夕刻にはNHKがこれらの情報を放送する事態となりました。死亡報道が流れた瞬間、前線本部は大騒ぎとなり、私の前に座っていた小池百合子衆議院議員は、立ち上がって「殺したなあ!!」と大声を発したことを今でも覚えております。
 記者会見終了後、ショックで半ば放心状態であった私は、議員会館から家族会が宿泊施設として使用していた港区三田に在るホテルに向かい車を運転したのですが、同乗者によると増上寺前をかなりのスピードで飛ばし、赤信号であった芝公園前の交差点に突っ込みそうになりました。寸でのところで我に返り急停車しましたが、あのまま進んでいたら事故を起こしていたかもしれません。
 翌日安部晋三官房長官(当時)がホテルに駆け付け、「死亡情報」について政府未確認であることが判明しました。さらにその後の経過で、当時の政府が全拉致被害者の安否確認を行わないまま棚上げにして、北朝鮮との国交正常化を図ろうとしていたことが明らかとなり、大いに驚愕致しました。北朝鮮のような謀略国家ならともかく、民主国家で祖国でもある日本の政府によって騙されたことに怒りを覚えました。
 鳩山新政権では、それまで党拉致問題対策本部長を務めていた中井洽衆議院議員(三重1区選出)が、国家公安委員長と兼務で拉致問題担当大臣に就任されました。治安担当大臣が拉致問題担当大臣を兼務する初めてのケースです。
 今現在、表面上は日朝関係が膠着状態となっているかのように見えておりますが、経済制裁は効果的な戦術であり、圧力の一環として対話が存在するものと思います。日米同盟の継続は当然ですが、我が国が国民政府一丸となって、全拉致被害者の救出に向けて動かなければなりません。私も出来ることを実行して参りたいと思います。

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