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政治活動

大塚たかあき後援会事務所開き

 大塚たかあき後援会事務所の事務所開きが開催されました。会場には、海江田万里前衆議院議員、武井雅昭港区長らが応援の弁を取りました。

大塚たかあき後援会事務所の前景(左)と所内で行われたお祓いの様子(右)。DSC00135.JPGDSC00138.JPG
開会の辞を述べる渡辺専太郎民主党港区議会議員団長(左)と激励を述べる海江田万里民主党東京都第一区総支部長(右)。
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祝辞を述べる武井雅昭港区長(左)と都政ビジョンを語る大塚たかあき都議会議員(右)。DSC00145.JPGDSC00151.JPG
大塚ビジョンを聞く聴衆の様子(左)と山本の音頭による頑張ろうコール(右)。DSC00161.JPGDSC00165.JPG

麻布小公開/エコライフ/塾員都議応援

 本日は一日仕事でした。
 まず母校の麻布小学校で開催された学校公開を見学して参りました。1学年から6学年まで順に参観して参りましたが、学年が上がるに連れ、教えている内容も上がっていく様子がよく分かりました。また昨年度まで6年生を教えていた先生が、今年度は1年生の担任となられていたのですが、教え方などが1年生に合うように変わっていたのも印象的でした。DSC08316.JPG

 見学終了後、徒歩で有栖川公園に向かい、「エコライフ・フェア MINATO」に行きました。DSC08328.JPGDSC08327.JPGDSC08322.JPGDSC08319.JPG

 中高の母校である明治大学付属中野学園のOB総会を経て、夕刻松下政経塾の後輩塾員が行う政治活動の応援遊説に向かいました。この夏に行われる東京都議会議員選挙で塾員からは、民主現職4人、自民新人1人が立候補の意思を固めております。

 練馬区選出の野上ゆきえ民主党都議(政経塾25期生)。西武池袋線江古田駅前にて。DSC08351.JPGDSC08332.JPG
北区選出の原田大民主党都議(政経塾21期生)。JR線赤羽駅前にて。DSC08447.JPGDSC08389.JPG

NHK抗議デモ

 NHKに対する抗議デモに参加致しました。
 これは、本年4月5日夜放送されたNHKスペシャル シリーズ「JAPANデビュー」 第1回「アジアの"一等国"」の放送内容が極めて偏向していることに対して、在日台湾人組織や日台関係団体、それに全国各地から各党議員が集まり開催されたものです。
(写真:最前列左から吉田康一郎民主党都議、中村粲NHK報道を考へる会代表、山本へるみ、吉田あい自民党杉並区議、松浦芳子自民党杉並区議。)DSC08204.JPG
 私もこの番組を見ましたが、台湾人が日本人に一方的に迫害を受けたというもので、内容があまりに偏向的で、これでは全ての台湾人が日本人を嫌っているとの印象を視聴者に与えかねない内容でした。
 しかも後日聞いたところでは、インタビューに応じた台湾の人は、日本時代の良かった事柄も紹介したにもかかわらず、全てカットされ、逆にNHKに怒っているとのことでした。
 日本がかって台湾を統治したことは事実です。そのことに反感を抱いている人もいるでしょう。
しかしかって私は、台湾出身の金美齢先生(:JET日本語学校 理事長)が、「歴史には影も在れば光も在る。」と話されていたことを覚えております。
 22年前訪台した時、台湾の多くの皆さんが親日的であったことに衝撃を覚え、それまで学校で習って来た歴史教育による自虐史観、すなわち先の大戦は全て日本の責任であるという考え方を変えて行くきっかけになりました。
 昨年三度目の訪台した時、台南に在る烏水頭ダムを視察しました。このダムは、日本統治時代、八田興一(よいち)が造ったものですが、現在も使用され、台湾の人々がその業績を称え今日まで語り繋いでくれております。しかし日本の教科書で八田興一をとりあげているのでしょうか。
 台北に在る総統府。日本でいう首相官邸ですが、かってここは台湾総督府でありました。内部を見学するツアーがあるそうで、私はまだ参加したことはありませんが、聞くところでは歴代の台湾総督の肖像画が掲げられているそうです。その一人で日露戦争当時情報将校として活躍した明石元二郎の墓所に在った鳥居が、今も台北市内の228記念公園に保存されております。
 台湾は世界で唯一、本当の意味での親日国家です。その台湾と日本の関係がこじれば、喜ぶのは北京政府でしょう。そうはさせないように、日台友好関係の維持に努めたいと思います。
 この日のデモには、千人以上が参加し、デモ終了後、参加者が手をつないでNHKを包囲する「人間の鎖」が行われました。

 NHK前でのデモ行進の様子。交差点通過時には、多数の通行人が行進を見ていました。DSC08219.JPGDSC08215.JPG
 最終解散地となったハチ公広場。デモ参加者と一般通行人で混雑しましたが、在日台湾人組織のイメージカラーの緑の風船が漂っていました。DSC08239.JPG

※参照
金美齢氏ホームページ http://www.kin-birei.com/

小沢代表辞任について

 すでに報道を通じて皆様もご存じのとおり、小沢一郎民主党代表が昨日代表辞任を表明致しましたので、コメントを表明致します。

 代表の政治資金の問題、そして進退について、これまで私はメディアやネットなど不特定多数を相手とする場でのコメントは、ほとんど控えておりました。唯一このブログでコメントを一度行ったのみであります(平成21年3月20日 一連の民主党報道について参照)。
 政治資金をめぐる報道後、記者会見など代表の対応姿勢について、私が批判的な意見を持っていたのは事実です。しかし一方で党所属の国会議員が、仰々しくテレビカメラの前で、代表を批判し辞任を要求する姿には同調できませんでした。そもそも民主党や小沢代表の名前を使用しておきながら、風向きが悪くなったら途端に執行部批判をして自らの正当性を主張しようとする姿には醜さしか感じられず、そんな政治家達に国民が政権交代を託するのか疑問です。せめて、進退はご自身で判断するべきものとするのが党人としてのあるべき姿でしょう。
 上記ブログにも書きましたとおり、結果的には国民の皆さんに余計な動揺を与えたことは事実ですので、そのことについては釈明が有っても良かったのではないかと思います。それが無かったために、国民の皆さんに居直ったとの心象を与えた結果となりました。結局今回の事態は、身から出た錆ということだと思います。
 私も議員に就任してから思うことは、政治家は結果がすべてであることだということです。次に代表となる方にも、このことを認識して頂きたいと思います。
 もう一つ、これもブログに載せましたが、本当に検察が捜査・公判の維持を続けられるのかということですが、案の定、「大山鳴動ねずみ一匹」という結果となりました。私は謀略説には同調致しませんが、逆に初めから今回のような結果を誰かが狙っていたのかとも思いたくなります。

 賛否はともかく、小沢代表の元で民主党がまとまっていたのは事実です。今後党内でどのような動きが起きて来るのかは不透明ですが、私は一港区議会議員として、区民の皆さんのための仕事に専念していく所存です。

民間憲法臨調公開フォーラム

 これからの日本の憲法について、様々な提言を行って来た民間憲法臨調(三浦朱門代表世話人)が主催する第11回公開憲法フォーラム「国の安全・独立と憲法9条 -対馬・ソマリアを問う-」が、銀座ブロッサム(中央区)で開催され、参加して来ました。
 憲法改正国民投票法の成立により、衆参両院に憲法審査会を設置することが決まってから2年が経ちましたが、未だ審議開始のめどが立っていないのが現状です。曖昧な憲法9条の規定と積み重ねられて来た政府解釈の元で、国家の主権や国益が阻害されても、目を背け続ける現状逃避の姿勢は、もはや限界来ており、一日も早くこの現状を打開しなければならないというのが、本フォーラムの趣旨です。

 主催者代表挨拶に立つ大原康男國学院大學教授(左)と、来賓挨拶を行う安里繁信日本青年会議所会頭(右)。
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 基調提言は、ジャーナリストで同会世話人櫻井よしこ氏。
「本来外交と軍事は表裏一体でなければならず、日本がそうでないのは異常。異常の原因は現憲法に在り、憲法改正が必要。」
 シンポジウムには、パネラーとして山谷えり子自民党参議院議員、長島昭久民主党衆議院議員、秋山昌廣海洋政策研究財団会長(元防衛事務次官)、コーディネータとして西修駒澤大学教授がそれぞれ登壇しました。
 山谷議員「現在採択されている教科書6社の中で、竹島に言及しているものは1社のみ。対馬で韓国人資本による土地買収が拡大している問題が起きているが、大正14年に制定された外国人土地所有法が現在も効力が在ることが分かった。」
 長島議員「北朝鮮問題をめぐり日米関係の行末を懸念する声が多いが、むしろ日本が自立するためのチャンスであると考えたい。それは日本がアメリカから離れることではなく、日本も自らの責任を果たし、真の意味での日米同盟を推進するということだ。オバマ政権は、一期目に於いては、イラク・アフガン問題への対応に追われ、ここ数年アメリカをあてにしていてはだめだ。海洋や宇宙の利用についての基本法を定め、日本としてのビジョンを示していかなければならない。」
秋山会長「ソマリア沖の海賊対処など、今世界では軍隊の警察化が進んでいる。実は国連安全保障理事会での審議に於いて、日本は相当関与を行って来たのだが、具体的な行動は為されて来なかった。具体的な行動は今年からになる。」

基調提言に立つ櫻井よしこ氏(左)とシンポジウムの様子(右)。
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徒歩遊説「徒風」、白金台3丁目で実施

 民主党港遊説部による徒歩遊説「徒風24号」を、白金台3丁目で実施致しました。
 弁士として海江田万里総支部長(前衆議院議員)より国政報告、大塚たかあき港区支部長(都議会議員)より都政報告が行われました。
 白金台地区の担当区議は杉浦のりお議員ですが、当日は所用のため、私山本へるみが代役としてナビゲーションと司会を務め、歩きながら港区と東京都の相談窓口を広報しました。
◇新型インフルエンザの感染、及び感染が疑われる地域等からの帰国者又は入国者の相談窓口
・みなと保健所健康予防課
 電話番号 03-3455-4770
 平日午前8時30分~午後5時15分
・東京都保健医療情報センター「ひまわり」、
 電話番号03-5272-0303で対応します。
 休日・夜間

地点② 白金台ハウス南側 月極駐車場にて
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地点⑥ 三田用水跡駐車場にて
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地点⑨ 三田用水遺構前にて
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拉致問題を考える大田区民の会

 大田区民センターで開催された映画「めぐみ」鑑賞会と横田滋さん・早紀江さん(拉致被害者横田めぐみさん両親)講演会に参加して参りました。主催は「拉致問題を考える大田区民の会。同会の事務局を担当しているのが、松下政経塾の同期、宇佐美登前衆議院議員です。
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 講演の中で、滋さんは、
「この映画は、利益を得るためでなく、拉致問題の啓発のために各地で上映され好評を得ています。」
「普通の家庭で起きた悲劇であり、たまたまめぐみが被害者であっただけで、誰の身にも起きる可能性は在りました。」
「日本は世界銀行の二番目の出資者であり、本気になれば日本が独自制裁もできるはずですが、そのためには世論が大事です。国民世論が無ければ救出はできません。今日会場に若い人々がおられますが、若い人々に拉致問題に関心を持ってもらえることは有り難いです。引き続き皆様にも見守って関心を持ち続けてほしいと思います。」
と述べました。
 また早紀江さんは、
「毎日悔しい思いをしておりました。なぜめぐみがいなくなったのかが分からなかったのです。国内事件と思っていたのが、まさか国家犯罪で、その国の指導者が拉致指令を出し、工作員を送り込んだというのです。日本だけでなく世界12ヶ国でこのような事件が起きていたのです。」
「事件から20年、国内では何一つ情報が得られませんでした。警察から遺体の確認を求められ、めぐみさんではないことを確認するなど人間の極限のような苦しみを味わってきました。」
「拉致直後というめぐみの写真を見せられ、悲しい目をで、私は死んでいない、助けてと訴えているようでした。私は、こんな所に居たのね、助けてあげられなくてごめんね、と思いました。こんな恐ろしいことが日本の国の中で堂々と行われいたのに、どうしてこんなに長い間放置されてきたのか分かりません。」
「いつまでも解決されないのか。北朝鮮には、拉致も核も止め、国際の中に入りましょうという気持ちが通じない国だから制裁を加えようと訴えているのです。署名活動は初めはネガティブな反応でしたが、くじけませんでした。人生をかけて戦って来ました。多くの皆様が応援カンパを寄せて頂き、600万もの署名が集まり有り難く思います。」
「拉致は誰の身にも起きていたかもしれません。めぐみではなく他の人が被害に遭い、私が皆さんの客席に座り、別の人がこの演台に立っていたのかもしれません。」
「拉致問題の解決をないがしろにしたら、他の国は日本をどう思うのでしょうか。国の宝、国民が拉致されても何もできない。そんな国に対して、どんな態度、外交をしかけてくるでしょうか。」
「未来を生きる子供達が、どんな国に住んで行くのか。どうすれば解決するのか。人を大事にしよう、国民一丸となって、許せないという気持ちを持って、子供や子孫のための一緒になって戦って行きますので、どうかよろしくお願い申し上げます。」
と述べました。
 講演会終了後、JR蒲田駅西口広場で街頭署名活動が行われました。

応援弁士としてマイクを握る森愛民主党大田区議(左)と宇佐美登前衆議院議員(右)
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署名への協力を呼びかける横田滋さん(上左右)と早紀江さん(下左右)。DSC07634.JPGDSC07636.JPG
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自ら署名活動に参加する滋さん(左)と活動終了後マスコミのインタビュー取材(右)。DSC07650.JPGDSC07651.JPG

徒歩遊説「麻布」 麻布台・麻布狸穴町で実施

 港区政報告等を目的に、徒歩遊説を始めました。活動名は「麻布」。
 この4月で議員当選から丁度2年になりました。残りの任期期間中、港区議会議員としての活動報告を、さらに区民の皆様にお伝えしていくための手段の一つとして、徒歩遊説を始めました。その中でも、麻布台、麻布永坂町、麻布狸穴町を巡る活動名を「麻布」としました。
 議員当選以前も徒歩遊説は実施しておりましたが、ここのところ定期的な実施を行っておりませんでした。今後は初心に帰り、徒歩遊説そして計画中の自転車遊説を推進して行きます。

麻布台三丁目における徒歩遊説の様子
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追悼 上坂冬子先生ご逝去

 ノンフィクション作家で、松下政経塾理事の上坂冬子先生が、今月14日、都内の病院で亡くなられました。享年78歳。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 上坂先生との出会いは、今から20年前。昭和63年(1988年)夏、当時私は明治大学4年生として、松下政経塾の入塾試験を受けておりました。最終試験が役員面接で、その時の面接試験員のお一人が上坂先生でした。この時私は受験生のトップバッターで、二番手は東京大学の坂井学現衆議院議員でした。
 先生は私の生い立ちを理解した上で、居並ぶ試験員の中で、一番厳しい質問をされました。
「あなたは政治家を目指すそうですが、この国で、人種や民族、それらの偏見と闘いながら、目標を達成して行けますか。」
「はい。今までも経験が有りますから、大丈夫だと思います。」
 後年聞いたところでは、先生は私に高い評価を与えてくれたそうです。
 卒塾後、先生と再会する機会が在りました。場所はカンボジア、首都プノンペンの郊外。当時サラリーマンだった私は、夏休みを利用して、カンボジアで帰還民を支援するボランティア活動に参加しておりました。ポル・ポト政権下で弾圧を受けた人々が、列車に乗ってタイ国境から帰って来ました。現地では難民とは言わず、帰還民と呼んでおりました。現場には駅が無く、列車は草原にただ停車しているだけの状態でした。私は列車から荷物をせっせと降ろしていたのですが、取材に来られていた先生とバッタリでした。現地の様子をお話したのですが、その時の様子が、当時の週刊文春にも掲載されました。
 最後にお目にかかったのが、昨年松下政経塾に於いてでした。失礼ながら、すっかり髪も白くなられ、また杖を突きながら歩かれておりましたが、依然凛とした様子でいらっしゃいました。先生が産経新聞に寄せて来られた連載「老いの一喝」で、昨20日の稿が遺稿となりました。テーマは「枝葉末節な禁煙の理由」で、行き過ぎ、こじ付けの多い禁煙推進の世相に警鐘を鳴らす内容でした。
 改めて心よりご冥福をお祈り申し上げます。

駅頭遊説「朝風」 麻布十番駅1番口にて

 朝の駅頭遊説「朝風」を、地下鉄麻布十番駅1番口にて実施致しました。

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