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政務調査

海上自衛隊横須賀基地を視察

020156_P1020156.jpg 港区防衛親交会 平成22年度海上自衛隊基地研修として、神奈川県横須賀市にある海上自衛隊横須賀基地(左写真)を視察しました。
 同基地の一部施設は米海軍横須賀基地内に間借りした状態となっております。今回の視察訪問先は、まさにその米軍基地内にある海上自衛隊第二潜水隊群司令部及び同群揮下の潜水艦なるしお(SS-595)でした。

 第二潜水隊群司令部では、港区防衛親交会顧問として表敬訪問し、海自側は同司令部首席幕僚の籠谷貴年二等海佐が応対されました。表敬の後、別室にて、この後訪問する潜水艦なるしおに関するブリーフィングを受けました。

 司令部を後にし、潜水艦なるしおを訪問しました。なるしおは、おやしお型潜水艦の6番艦で、平成15年就役、主要性能項目は以下のとおりです。

基準排水2,750トン
全  長81m
最 大 幅8.9m
高  さ10.3m
速  力水上12ノット 水中20ノット
主要兵装水中発射管一式
推進方式ディーゼル電気推進
乗  員約70名

 なるしおの艦上から、垂直の梯子を伝って、まるで奈落の底に落ちるように艦内に入りました。艦内では、潜水艦の司令塔に当たる発令所、食堂、機械室、居住区、発射管室を順に視察しました。発令所では潜望鏡を覗く体験もしました。残念ながら安全保障上の理由により、艦内の詳細をお話しすることはできませんが、事実上の"日本海軍"の潜水艦による哨戒任務の内容や範囲をうかがい知ることができました。 020153_P1020153.jpg

 昼食は、米海軍のオフィサークラブ(将校クラブ)で摂りました。米軍基地では食材を全て米国から運び入れているそうです(右写真:同クラブにある演台にて)。
 ところで、基地内に入る際には、身分証の確認などのセキュリティチェックを受けました。20年ほど前でしたら、自衛官の友人がいれば、その友人が身分証の提示さえすれば同伴で入ることができたのですが、やはり9.11以降警備が厳しくなったようです。日本人から見れば厳しそうな厳戒態勢ですが、これが国際社会の常識的基準なのだと思いました。

三田小山町を現地視察

020116-P1020116.jpg 再開発計画に絡み三田小山町を、港区議会保守日本として、鈴木洋一団長、水野むねひろ幹事長と共に現地視察致しました(写真)。

 三田小山町は、90年代初頭より再開発事業計画が持ち上がり、既に同計画第1地区と第2地区の事業が終了し、現在高層住宅が建っております。一方第3地区と第5地区は着工されておらず、古い街並みが残っております。おかげで上の写真のように、同じ三田小山町内でも、高層住宅街と古くからの住宅街が併存している状況となっております。
 視察に際して、小山町3・5地区再開発を心配する会の皆さんが、町内をご案内して下さりました。会の皆さんは事業の進め方について、現在の再開発準備組合や区の姿勢に批判と疑問を抱いております。

 私自身は、一般論として時代と共に街の在り様は変わるもので、再開発自体には反対する立場ではありません。しかしその実現に向けては、出来るだけ多くの住民の皆さんのご理解が不可欠であるかと思います。また再開発に反対ならば、それに代わる街づくり案を考える必要もあります。
 港区では、土地の所有権に関わる住民と事業者との権利変換のための仮同意が、当該地区に住む住民の8割以上の同意を求めており、全国の自治体の中でも厳しい基準を設けております。今回視察した3地区と5地区では、未だ仮同意は6割にも届かず、今日明日にでも工事が始まる状態ではありません。
 また既に開発が終了した1地区や2地区ですが、地上部分にスーパーなどの物販店や飲食店なども無く、また以外に空き部屋もあるなど、外見はハイソな高層住宅ですが、何かゴーストタウンの様な雰囲気にも感じられます

 その街の歴史や文化を大事にして古くからの街並みを守るのか、防災上の観点や新しいビジネスチャンスを狙い再開発を進めていくべきなのか、以下現場で撮った写真を掲載致しますので、皆さんにも考えて頂きたいと思います。
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8月9日について-22

 長崎に投下された原子爆弾、そしてソ連軍侵攻により亡くなられた方々へ哀悼の意を表します。

 昨年の8月9日にも同じ題名で投稿致しました。65年前の8月9日は、日本の歴史上、二つの大きな事件が起きた日であります。

 一つは長崎に原子爆弾が投下されたことであります。広島同様民間人が多数居住する都市に、それまで使用してこなかった大量殺戮兵器である原爆を、アメリカ軍が投下したのであります。戦時下であったとはいえ、人類史上稀に見る大量殺戮行為であります。
 当時アメリカは、日本軍による真珠湾攻撃をだまし討ちとし、「リメンバーパールハーバー」と謳い、対日参戦への国民意識の高揚に利用しました。確かに日本が先に奇襲攻撃したではないかという考え方もありますが、攻撃目標は真珠湾にある軍港であり、軍事施設であります。元来攻撃を受ける可能性のある場所であり、不幸なこととはいえ、そこに勤める軍人、軍属、偶然居合わせた民間人に至るまで、被害を受ける可能性は当然在るわけです。
 これに対して、原爆が投下された広島も長崎も民間人の住む都市であります。国際法上、保護が義務付けられている非戦闘員、民間人が多数居住している地域です。戦後反戦左翼は、広島も長崎も軍都であったから爆撃の目標とされたと主張していますが、ならば軍事施設のみを破壊すれば良かった訳で、初めから新兵器である原子爆弾をしようしたかったアメリカの思惑が見て取れます。

010979-P1010979.jpg もう一つ忘れてはならない歴史的事実が、ソ連による日ソ中立条約の一方的破棄と対日参戦であります。毎年8月9日になりますと、全国の民族派団体が集まり、ロシア大使館周辺で抗議活動が行われます。
 日ソ中立条約。正式名称は、大日本帝国及「ソヴイエト」社会主義共和国聯邦間中立条約、日本側条約番号は昭和16年条約第6号、昭和16年(1941年)4月13日モスクワで締結され、同月25日に発効した条約です。内容は日ソ相互不可侵、また一方が第三国の軍事行動の対象になった場合の他方の中立などが定められました。
 大戦末期、昭和20年8月9日午前零時をもって、ソ連は突然条約を破棄を宣言し、対日攻撃を開始致しました。宣戦布告が前日の午後11時、この時既に在ロシア日本大使館の通信手段が切断され、宣戦布告の一報が本国に打電できない状態でした。
 さらに、その後日本がポツダム宣言を受諾し降伏したにもかかわらず、千島列島や南樺太に侵攻をするという戦時国際法違反を公然と行いました。ソ連軍の侵攻は、択捉島の北に位置するウルップ島で一旦止まりますが、北方四島への米軍上陸が無いと見るや、さたに南下し四島を占領しました。 ソ連政府は大戦後、四島は千島列島に一部であり元来ソ連領との主張をしておりましたが、択捉島の手前で進軍を止めたことは、ソ連側にも1855年以来の四島日本帰属の認識が有ったものと思われます。
 占領地でソ連軍は日本兵捕虜に対し、国際法に違反するシベリア抑留を強制し、また多くの日本女性を暴行しました。樺太では、真岡郵便局に勤務していた女性の電話交換手がソ連軍の侵攻を受けながらも必死の交換業務を続け、ソ連兵が間近に迫ったところで自決、後年真岡郵便電信局事件と呼ばれる悲劇も起きました。
 これらの出来事について、敗戦国となった我が国で、公に語られることは少なかったかと思いますが、戦後65年が経過し、ようやく歴史に光が当てられつつあると思います。8月9日は、北方領土問題そしてシベリア抑留などの悲劇の原因となった日でもあるのです。

※写真:抗議に来る街宣車に備え、厳戒警備が敷かれる飯倉交差点の様子。

港区における所在不明の高齢者について

 港区に住民票のある高齢者が、所在不明となっている事案について、本日までに行政より入りました情報をお伝え致します。

 昨年度に実施した敬老祝品贈呈事業において、100歳以上の対象区民は69名でしたが、このうち2名について、事業が実施された昨年8月から9月にかけ民生委員がほうもんしたところ、所在が確認できませんでした。
 2名について改めて調査しましたが、現段階でも所在が確認されておりません。区ではこの2名の方の所在についてさらに調査をすすめております。

<明治38年1月生まれ 男性 105歳>
 昨年、民生委員が敬老祝品贈呈のため訪問したが、当該住所地に本人は住んでいなかった。敬老祝品については居住者から受け取りを拒否された。
 今月3日、区が他県に住んでいる妻に電話確認したところ、「数年前に出て行った。現在、どこに居るのか分からない。」とのことだった
 昨4日に区職員が同住所地を訪問したところ不在だった。
 男性については、平成19年7月まで、老齢福祉年金の受給実績あり。
 介護保険、後期高齢者医療保険の給付実績なし。

<明治38年4月生まれ 女性 105歳 外国籍>
 長期不在のため、ここ数年敬老祝品は贈呈できていない。
 昨年(平成21年)、民生委員が敬老祝品贈呈のため訪問したところ、住所地の建物が既に取り壊されていた。
 長期間本人確認が出来ていないため、平成9年及び22年に、法務省に外国人登録の閉鎖紹介をしたところ、出国記録がないため、閉鎖保留との回答があった。
 介護保険、後期高齢者医療保険の被保険者資格はなし。

 なお区では、所在確認の出来ていない2名以外の方及び今年度(平成22年度)の敬老祝品贈呈事業における本人確認などについて、現在対応を検討しているとのことです。

高齢者所在不明事案について調査開始

 足立区で、生きていれば11歳になるはずだった男性が遺体で発見された事件に続き、杉並区では113歳の女性が所在不明となっている問題が明らかとなり、その後全国の自治体で高齢者の所在不明に関するニュースが相次いでおります。
 港区でも今日になって、105歳の高齢者の所在が確認できていないことが明らかとなりました。本件について、我が会派保守日本では、特別調査22第2号「高齢者所在不明事案に関する特別調査」として調査に着手致しました。

ドンキ裏で道路陥没

P1000214.JPG 六本木三丁目の雑貨店ドンキホーテの裏手の区道が突然陥没しました。一報を受け、直ちに現場に急行致しました。
 原因については現在調査中ですが、何らかの理由で下水管から水が区道下の地中に漏れ、空洞が出来たことが陥没につながったものと推察されます。

オーストラリア大使館を訪問

000489:DSC08904.jpg 来月超党派に民間人を加え、オーストラリアを視察する予定で、そのための事前調整を目的に、オーストラリア大使館を訪問致しました。
 大使館側からは、ナンシー・ゴードン参事官(広報・文化担当)、堀田満代豪日交流基金事務局長が応対して頂きました。
 港区では、三年前から小中学生をオーストラリアでホームステイをするプログラムを組んでいます。それ自体はいいのですが、単に出会えてよかっただけの交流ではなく、歴史に学ぶことも大切かと思います。
 大東亜戦争中の昭和17年(1942年)、大日本帝国海軍の潜水艦がオーストラリアのシドニー港に侵入し、停泊中のオーストラリア海軍艦船を攻撃しました。攻撃後、オーストラリア海軍は、交戦国であるにも関わらず、松尾大尉以下4人の乗員4名の海軍葬を行い、その遺骨を中立国を経て日本側に引き渡す対応を示しました。
 このことは日本の教科書には記されておらず、当然多くの日本人は知りません。日本軍の勇猛さ、オーストラリア軍の寛大さを、お互いに理解し合えるような関係を築きたいと思います。

※写真:左から小林次雄氏、湯澤信隆、水野むねひろ議員、堀田満代氏(豪日交流基金事務局長)、私。

旧熊本会館を視察

000492:DSC08769.jpg 旧熊本会館(港区六本木6-5-19)を視察致しました。
 以前より、六本木地区に健康・福祉・地域活動等施設について、六本木の皆様よりご要望を承っておりました。
 昨年行政より、麻布地区総合支所の2階部分の空きスペースを再活用する案が出ました。その後今年に入り、区営住宅シティハイツ六本木の改築計画が始まり、その一環として港区では旧熊本会館を購入致しました。区では、同会館用地を計画地内における導線として活用する方法を考えておりますが、取り壊すまでの期間、暫定使用として要望施設を設置できるか、現地を確認する必要が在り、自民党議員団の水野むねひろ議員、池田こうじ議員と超党派で、区職員と共に視察致しました。
 視察結果を踏まえ、近く地元六本木の皆さんが、同会館内を見学できるように取り計らいと思います。

松下政経塾入塾式

DSC08433.JPG 松下政経塾第31期塾生の入塾式が行われ、塾員として式典に出席致しました。
 今年は、内田直志、片山清宏、杉島理一郎、西野偉彦、堀遼一の5名が新入塾生として、また半年間の海外インターンとして在日フランス大使館の職員が入塾式に臨みました。
 政経塾1年目は、自衛隊研修や100キロ行軍など、過酷な研修日程が続きますが、彼ら6人が志をもって、いかなる困難に遭っても道を切り開いていくことを切望します。


 

補助7号線の石垣が・・・

000295:DSC08244.jpg 三田二丁目に古くから在る石垣が、道路整備に伴い撤去され、代わりに区がコンクリート仕様による壁を造ることになり、地元住民から石垣の保存や景観に配慮した道路整備を求める声が出ております。
 港区では、東京都市計画道路事業幹線街路第七号線(補助7号線)の整備を進めております。これは戦災復興事業に一環として、この六十数年進められてきた整備事業で、三田国際ビルの南東角前から、二の橋、韓国大使館前、愛育病院前、北条坂、外苑西通りを横切り、高陵中学前、そして日赤前通りにつながるコースとなっております。
 住民グループの代表は、「道路整備にあたっては、景観を配慮してほしい。石垣の保存や、それが無理なら、単なるコンクリートの壁ではなく、石垣も活用した整備を区にお願いしたい。」と話されております。
 本件については、平成22年度政務調査第一号 補助7号線景観保存調査 として、現在対応しております。

※写真:本年3月24日撮影

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