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政務調査

松下政経塾で自治体経営改革シンポジウム

 財団法人松下政経塾30周年記念 自治経営改革プロジェクト シンポジウム ~「地域から日本を変える、変わる」 松下政経塾卒塾生30年の実践とこれからの課題~ が、松下政経塾(茅ヶ崎市)で開催されました。内容は以下のとおりです。

 基調講演 「地域主権で日本を変える」
           原口一博総務大臣(4期生)

 鼎談 「知事の目からみた地方分権」
           松沢成文 神奈川県知事 (3期生)
           村井嘉浩 宮城県知事 (13期生)
  コーディネーター 北川正恭 早稲田大学大学院教授

 パネルディスカッション 「自治体を経営する」
           清水勇人 埼玉県さいたま市長 (7期生)
           海老根靖典 藤沢市長 (2期生)
           鈴木康友 浜松市長 (1期生)
  コーディネーター 荒田英知 PHP総合研究所政治経済研究センター長

 以下発言概要です。
000154.jpg原口総務相(左写真)
 読売新聞の企画で、「検証 戦争責任」の編集委員に参加したことがある。昭和12年の政府に資料を読むと、ナチスは警戒を要すると考えていた。そうでありながら、その後日本はナチス・ドイツと同盟を結び戦争に入った。政策に対する責任と結論が明らかではなかった。
 全てのシステムには、学びが必要だ。国の形を変えることに誰が責任を持つのか、と言えば、それは国民だ。地域をないがしろにして、いい国はつくれない。
 政策の質に対するチェックが必要だ。一人一人が誰の責任において何を決めているのかを明確にしなければならない。
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松沢神奈川県知事(右写真・中央)
 地域の特質として、「神奈川力」を訴え、これを地域の先進力にしている。民間と行政が協働して、新しい価値を創造している。
 分権には、機能的分権、地方分権、時間的分権がある。その時間的分権の具体化策として、知事の任期を3期12年までとする知事多選禁止条例を制定した。
 日本はWHOの勧告を受け、受動喫煙防止法を制定したが、神奈川では内容がさらに進んだ受動喫煙防止条例を定めている。同防止法については、厚労省と財務省が激しく対立している。改革を進めて行く上で大事なことは、いかにして恨みを残さないようにするかだ。
 地方自治法は欠陥だらけの法律だ。憲法第92条で「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」とあるが、地方自治法には本旨が無く、国が地方を管理するための法律だ。政治家が方向性を定めるべきで、現行の地方自治法を廃止し、地方自治基本法を制定するべきだ。
 道州制イコール霞ヶ関解体プラス地方分権改革だ。
 オバマ大統領は、核廃絶という高い志を掲げている。高い志と現実的な政策を合わせて行くところに松下政経塾の意義がある。

村井宮城県知事(上写真・右端)
 経済政策に軸足を置いている。仙台には各企業の東北を総括する支店が置かれており、支店経済と言われている。これまで第三次産業を中心でやってきたが、人口が減少すればサービスも低下する。そのための産業構造の体質改善が必要となり、ものづくりに軸足を置いた政策を進めている。
 今後人口の65%以上が高齢者となり、高齢化率も上昇する。2040年には、この動きがピークとなり、それから高齢者数は減少すると予想される。今から30年後の福祉のあり方を指示すべきだが、地方にはその権限が無い。地方自治をフルモデルチェンジして道州制を導入するべき。"東北州"ならオーストリアと同じ経済規模になるだろう。道州制を導入すれば国への陳情は無くなり、究極の分権が進むことになる。
 物事を考える基準は自衛隊時代に学んだ。分権や道州制は幸之助さんの遺言であり、一人でも多くの皆さんに理解してもらえるよう頑張る。
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鈴木浜松市長(左写真・右から三人目)
 市長に就任してから、4年間の行程表、戦略計画を作成した。幹部クラスにも「部長マニフェスト」を作らせた。

海老根浜松市長(左写真・右から二人目)
 市長になってから、前任者時代に作成された総合計画の見直しに着手した。

清水さいたま市長(上写真・右端)
 政令指定都市となり、区役所ができたが、逆に住民との距離が遠くなり、サービスが低下していた。自分が市長となり、政令指定都市のメリットをつくろうと思った。ビジョン、人づくり、仕組みを変えないといけないと思い、現場訪問に力を入れ、9ヶ月で80ヶ所を訪問した。

<参照URL>

松下政経塾 http://www.mskj.or.jp/

原口一博 トップ http://www.haraguti.com/

神奈川県知事 松沢しげふみ 公式サイト http://www.matsuzawa.com/

宮城県・知事プロフィール http://www.pref.miyagi.jp/hisyo/hisyo_page_2.htm

鈴木やすともsite http://www.yasutomo-net.com/

藤沢市長,えびね靖典,湘南藤沢に一生住みつづけたい、海老根靖典の公式サイト http://www.f-seifu.com/

拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会(29日)

 「拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会」が、29日夕方、文京区民センターにて、拉致被害者鳩首運動団体である救う会東京及び救う会全国協議会主催により開催されました。講師は救う会全国協議会会長代行 西岡力氏、ジャーナリストの惠谷治氏でした。
 開会に際して、拉致被害者家族の皆さんからも発言が行われました。

 以下は講演の概要です。

■拉致の全貌、1976年の金正日拉致指令を中心に
1.北朝鮮による拉致の時期には、①朝鮮戦争中の韓国人拉致、②戦後から1976年までの漁船拿捕を中心とする韓国人拉致、③1976年金正日の「工作員現地化教育のための教官拉致」指令による韓国・日本・諸外国での拉致、という3つのピークがあった。
2.金正日拉致指令
 1974年に金日成の後継者として公式指名された金正日は、76年初め、対南工作の新方針を示す中で、「工作員の現地化教育を徹底して行え、そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ。」と拉致指令を下した。
3.77年~78年に拉致集中
 拉致指令の翌年の1977年から78年にかけて、韓国人や外国人拉致が世界規模で集中して行われた。日本人拉致もこの時期に集中し、現在政府認定被害者17人中13人が、この2年間に拉致された。また韓国、日本以外の10ヶ国、中国(マカオ)・タイ・レバノン・ルーマニア・シンガポール・マレーシア・ヨルダン・フランス・イタリア・オランダの拉致は、78年もしくはその直前に集中している。
4.80年代以降の状況
 1980年代後半に入ると韓国人拉致の様相が大きく変わり、それまでの漁船拿捕による拉致はほとんどなく、拉致指令による教官拉致も確認されていない。
 一方90年代後半以降、北朝鮮にとって「有害行為」の阻止を目的とした拉致が新たになされる。中朝国境地域で、脱北者を助けていたキリスト教宣教師や貿易商が拉致された。
5.よど号グループによる日本人拉致
 1980年代前半、赤軍派よど号グループによる日本人拉致がヨーロッパで組織的に展開された。日本人を北朝鮮工作員として使おうという金正日の指令によるものだ。80年代後半、彼らのメンバー2人が日本に戻り対自衛隊工作を行おうとして逮捕された。以降このタイプの拉致も確認されていない。
 この時期、日本以外の外国人拉致は確認されていないが、2000年代に入り、脱北者を支援していた中国籍朝鮮族が多数拉致されたとの有力情報がある。
6.拉致被害者を返さなかった理由
 金正日による拉致指令は秘密とされた。拉致は国際社会全体を敵に回すテロであり、その上、金正日は、工作員を使い大韓航空機爆破事件というテロを実行している。拉致指令が明らかになれば、金正日がテロの首謀者であることが暴露され、だからこそ拉致指令やテロ指令などを認めることつながる被害者を「死亡」として、返すことが出来なかった。
 金正日は2002年9月に、日本人拉致を認め謝罪したが、自らの関与を否定し、「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行ったと考えている。」とした。僅か5人を返し、「拉致したのは13人だけ。残り8人は死亡した。」という新たな嘘をついた。嘘には動機がある。なぜこの時点で全被害者を返さなかったのか、拉致被害者救出の為に必ず解明すべき問題だ。

■北朝鮮による拉致の分析
1.拉致の目的
 過去の北朝鮮による拉致事件を分析すると、以下の8つの目的が浮かび上がる。
①秘密隠蔽 ②背乗り(身分盗用) ③工作員として活用 ④工作員現地化教育の教官 ⑤拉致被害者などの配偶者 ⑥特殊技能者(専門家) ⑦反北活動の阻止 ⑧対南宣伝に利用
2.拉致の方法
 拉致事件の状況をみると、拉致は3つの方法で実行されている。
(A)遭遇拉致 工作活動の目撃者など上記①の場合。
(B)条件拉致 マグジャビ(手当たり次第)と呼ばれ、上記②~⑤及び⑧の場合。
(C)人定拉致 基本的には特定の個人が対象で、上記⑤~⑦の場合。
3.北朝鮮による拉致事件(日本人被害事案のみ抜粋。○=政府認定事案 △=政府未認定事案 ☆=拉致関連情報)
○1963年5月12日 石川県志賀町高浜の沖合いで、寺越昭二(36)、寺越外雄(24)、寺越武志(13)を拉致。
☆1969年11月 金日成は3号庁舎(特殊機関を示すコードネーム)拡大幹部会議において、「必要なら日本人を包摂工作し拉致工作することも出来る。」と言明。
☆1970年3月31日 日航機よど号がハイジャックされ、平壌に着陸。
△1970年8月8日 加藤久美子(22 事務員)を拉致。
△1973年7月7日 古川了子(18 会社員)を拉致。
△1974年6月中旬 渡辺秀子の2児拉致(父親の高大甚は工作員で北朝鮮帰国)。
☆1976年初め 金正日の外国人拉致指令
○1977年9月19日 石川県能登半島宇出津から久米裕(52 警備員)を拉致。
○1977年10月21日 松本京子(29 会社員)を拉致。
○1977年11月15日 新潟市寄居浜付近から横田めぐみ(13 中学生)。
○1978年6月6日 成田から出国した田中実(29 店員)をウィーンで拉致。
○1978年6月29日 田口八重子(22 店員)を拉致。
○1978年7月7日 福井県小浜市から地村保志(23 大工)と浜本富貴恵(23 店員)を拉致。
○1978年7月31日 新潟県柏崎市の中央海岸付近から蓮池薫(20 大学生)と奥土祐木子(22販売員)を拉致。
○1978年8月12日 鹿児島県日置郡の吹上浜から市川修一(23 電電公社職員)と増元るみ子(24 会社員)を拉致。
○1978年8月12日 佐渡島から曽我ひとみ(19 看護師)と母親の曽我ミヨシ(46)を拉致。
○1978年8月15日 富山県高岡市の雨晴海岸でカップル拉致未遂事件。
△1979年8月頃 小住健蔵(46 旋盤工)を東京の山谷から拉致。
△1979年頃 金田竜光(26 店員)が神戸市東灘区から失踪
☆1980年1月7日 産経新聞が一面トップで「アベック3組謎の蒸発」を報道。
○1980年5月中旬 マドリードから松木薫(27 語学留学生)と石岡亨(22 大学卒業直後)を拉致。
○1980年6月20日 宮崎県青島海岸の児童公園から原敕晁(43 調理師)を拉致。
○1983年7月15日 コペンハーゲンから有本恵子(23 語学留学生)を拉致。
☆1985年3月1日 西新井事件でスパイ朴を指名手配(小住健蔵拉致発覚)。
☆1985年6月28日 韓国国家安全企画部が辛光洙事件を発表(原敕晁発覚)。
☆1987年1月21日 寺越外雄の手紙が姉の元に届き、寺越武志と共に北朝鮮に住んでいることが判明。
☆1987年9月3日 訪朝した寺越武志の両親が、息子と弟(外雄)と再会。
☆1987年11月29日 大韓航空機爆破事件。
☆1988年1月15日 大韓航空機爆破事件の実行犯金賢姫が記者会見で、日本語教育係だった日本人「李恩恵」の存在を公表。
☆1988年3月26日 橋本敦参議院議員(共産党)がアベック連続蒸発事件について質問、梶山静六国家公安委員長が「北朝鮮の疑いが濃厚」と答弁。
☆1988年9月6日 石岡亨の手紙がポーランドから札幌の実家に届き、北朝鮮に住んでいることが判明。有本恵子の住所と写真、幼児の写真が同封。松木薫の存在に言及。
☆2002年9月17日 小泉首相第1回訪朝、金正日が拉致を認め謝罪。
☆2002年10月15日 拉致被害者5人が帰国。
☆2004年5月22日 小泉首相第2回訪朝、地村・蓮池夫妻の家族5人が帰国。
☆2004年7月9日 ジャカルタで曽我ひとみ一家再会、18日一家日本帰国。


 

広島へ出張(13日)

21J政272-6368.jpg 松下政経塾地方議員の会の事前協議の為に、昨日広島に行きました。
 同会は来週神戸で総会を開催する予定ですが、私は地元行事と日程が重複するため出席出来ず、総会の議題の中で、自分が担当する項目について調整する必要が出て来たため、中原好治同会会長(政経塾7期生 現広島県議会議員)、森本真治会員(政経塾18期生 現広島市議会議員)と協議を行いました。
 打ち合わせのためだけに広島入りでは、時間的にもったいないので、会議までの時間、区議会総務副委員長として平和行政及び交通行政に関わる現場を視察することに致しました。
 当日は午前6時55分羽田空港(HND)発日本航空1601便(JL1601)に搭乗しました。到着地の広島空港(HIJ)には8時25分に着陸する予定でしたが、広島では珍しい降雪により管制塔から着陸許可が下りず、暫し空港上空を旋回し、20分遅れの到着となりました。21J政272-6362.jpg
 広島市内に入ると雪は止んでおり、広島電鉄(通称:広電)に乗り、原爆ドーム、爆心地、広島平和記念公園、広島平和記念資料館と順に周りました。移動手段に活用した広電は、全国各地で廃線となった路面電車の車両が集められ運行されていることで有名ですが、最近は環境問題や高齢化問題を配慮して、低床型の新型車両も導入されています。
 原爆ドーム(旧産奨励館)に訪れた人も多いでしょうが、以外に爆心地のことは、あまり知られておりません。米軍は原爆ドームの傍に在り、上空から見るとT字型に見える相生橋を標的に原爆を投下しましたが、ややン逸れて炸裂しました。その場所が爆心地です。以外にもそこには慰霊碑などは無く、有料駐車場が在るだけでした。21J政272-6371.jpg爆発は地上ではなく、上空500メートルで起きたことから爆心地を細かく断定することは難しいことかもしれないと、中原県議よりうかがいました。
 広島平和記念資料館を10年ぶりに訪問し、展示内容を拝見しましたが、率直な感想として、アメリカよ、よくも民間地に核爆弾を落としたな、と思いました。当時「リメンバー・パールハーバー」と彼らは言いましたが、パールハーバー、真珠湾における我が軍の攻撃対象は、あくまで軍事施設であります。住宅地ではありませんでした。イラクでもユーゴスラビアでも、アメリカ軍は民間地や医療施設に爆弾を落とし、後から誤爆であったと発表しました。その真偽は定かではないですが、広島にいる限り、軍人でも民間人でも敵は敵として攻撃する国であるようです、アメリカは。私は政策的判断として、日米同盟の必要性は認める立場ですが、アメリカが歴史上何をしてきた国であるのか、どのような国民性であるのか、我が国政府そして国民は、きちんと理解した上でつきあった方が良いかと思います。
 もっとも同館の資料によると、原爆開発当時、これを日本人に対して使用することについて反対の声明を出していた科学者達がアメリカにいたことは、せめてもの救いかもしれません。
 原爆ドーム近くにある桟橋から船に乗り、宮島に向かい、厳島神社を参拝しました。

<関連URL>
松下政経塾 http://www.mskj.or.jp/
中原好治ホームページ http://www.nakahara.gr.jp/
元気もりもりNet http://www.morimori.net/
広島平和記念資料館WEB SITE http://www.pcf.city.hiroshima.jp/


千代田視察、コミュニティタクシー「風ぐるま」

21ウ議256-5798.jpg フォーラム民主の阿部浩子、杉浦のりお両区議と共に千代田区を視察して参りました。今回の視察テーマについて、阿部議員は待機児童ゼロ政策、また私は区内を走るコミュニティタクシーをそれぞれテーマに掲げてました。
 今年11月に開催された東京モーターショーを見学した際、国土交通省のブースに地域交通手段としてのコミュニティバス・タクシーが紹介されており、その中に千代田区内を走行するコミュニティタクシー「風くるま」が紹介されていたことが、このテーマに関心を持つきっかけでした。
 当日は、まず四ツ谷駅前から九段下まで「風ぐるま」に乗車し、その後千代田区役所を訪問し、担当者からヒアリングを行いました。

 千代田区地域福祉タクシー「風ぐるま」は、昭和53年に区の自主事業として区立施設巡回バスとして運行を開始し、その10年後に民間事業者に業務委託した福祉バスに改めました。大きな転換点は平成9年で、それまでの区の事業から旅客運行事業者に補助金を出す形に変え、新たに「地域福祉タクシー 風ぐるま」となったことです。そして来年1月より運行エリアを拡大する予定です。
 千代田区のコミュニティータクシーの大きな特徴の一つ目は、他の自治体と違い、福祉政策の一環として事業を運営していることです。港区などではまちづくり政策に地域交通が含まれ、実際「ちぃばす」も環境・街づくり支援部土木事業計画担当課が所管しておりますが、千代田区では保健福祉部福祉総務課が所管しております。
 特徴の二つ目は、事業の主体が区ではなく民間の日立自動車交通株式会社であることです。港区の「ちぃばす」は区の事業で、運行を富士エクスプレスに委託しております。道路運送法の改正により地域交通手段としてのバスとタクシーの境界が無くなりましたが、許認可手続きは区ではなく日立自動車が行っております。
 特徴の三つ目は車種についてです。現在トヨタ社製ハイエースのバリアフリー仕様が導入されておりますが、ハイブリッド車ではありません。低公害よりもバリアフリーを優先した結果です。
 最後に「風ぐるま」の名称由来について質問したところ、気軽に地域を周るイメージから付いたとのことでした。

 港区では、来年度より「ちぃばす」が、現在の2路線から一挙に7路線に増加します。増設した5路線については、2年間の実証運行、すなわち実際に旅客を乗車させてのテスト運行を経て、赤字が出た路線については見直しをする予定です。その場合に廃止・縮小路線の地区の住民から存続を求める声が出た場合は、このようなコミュニティータクシーも活用策として考えることができるかと思います。

※写真 四谷駅前バス停で撮影。
※風ぐるまURL http://www.city.chiyoda.tokyo.jp/service/00045/d0004536.html

対馬フォーラム

21ウ政248-5500.jpg 対馬市内で自衛隊基地周辺を中心に、韓国資本による土地買収されている対馬問題をテーマに、第一回対馬フォーラム「対馬が危ない」(大会会長 平沼赳夫衆議院議員 後援:産経新聞 日本会議 日本文化チャンネル桜)が、午後6時半より新宿区牛込箪笥町区民ホールで開催されました。
 趣旨に賛同する全国各自治体議員が超党派で致しましたが、港区議会からは私以外に自民党の水野むねひろ区議と森野弘司郎区議も参加致しました。会場は新宿区内でしたが、来客者には港区民も参加しておりました。
 小磯明実行委員長(都議会議員 自民党)が開会の挨拶に続き、にへい文隆中央区議、吉田あい杉並区議らの現地報告が行われました。続いてシンポジウムが開かれましたが、パネリストに一人、現地メディア対馬新聞編集長の多田小夜子氏が、「不景気の中でこれまで韓国人観光客に頼らざるを得なかった。この問題は対馬だけに負わされるのではなく、国境の島であることから国全体で考えてほしい。危ないのは対馬でなく、日本そのものではないか。」といった趣旨の発言をされていたことが強く印象に残りました。
 シンポジウムの後、国境離島地域特別措置法(仮称)の制定を求める決議が採択され、吉田康一郎実行副委員長(都議会議員 民主党)による閉会の挨拶が行われました。

<参照URL>
対馬フォーラム http://tsushimaforum.jp/pc/index.htm

地方議会議員年金制度について(1)

 以下の文書をご覧下さい。市区町村議会議員年金制度が数年後に破綻することが予想され、そのため本年7月に、港区議会としても各会派毎に意見をまとめることとなり、所属会派フォーラム民主では、私が取りまとめ役となり以下の文書を作成致しました。
 議員年金については、これまで国会では様々な議論が在り、我が党も廃止を表明して来ましたが、地方議会については議論はこれからです。この件に関する私の考え、今後の対応は後日明らかに致しますが、まずは会派の考え方として以下ご紹介致します。

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地方議会議員年金制度に関する検討についての考察

 地方議会議員年金制度について、その制度の存続が危ぶまれるほどに財政状況が悪化しており、本年3月、総務省に「地方議会議員年金制度検討会」が発足した。同検討会における検討事項の一つとして、「地方議会議員年金制度を廃止した場合の問題点等について検討」が挙げられている。
 自治体関係者の中には、この問題は国による市町村合併の推進等が原因であり、国は負うべき責任が大きいとの意見が在る一方、将来存続の見通しが持てない以上、現行制度を廃止すべきとの意見も在る。
 本制度の法的根拠として、昭和37年に制定された地方公務員等共済組合法が在る。同法に基づき、都道府県議会議員共済組合、市議会議員共済組合、町村議会議員組合が設置されている。
 同法は全国の自治体議員を対象としており、事実上の強制加入の形態となっている。組合からの退会・脱退などを記載した条項もない。但し総務大臣が許可した場合には、退会・脱退が可能とする見解も在る。なお同法制定以前は、組合加入は任意であった。
 現行法に従えば、破綻が予想されていたとしても、共済組合掛金の支払いを停止することも出来ない状況である。

 今後我が議会が取るべき対応について以下の事項を提案する。
1. 我が議会において、地方公務員等共済組合法の改正を初め、現行制度の見直しを求める意見書を、議会総意として総務大臣に提出すること。
2. 同じ趣旨により、国会においても早急なる審議を行うよう衆議院及び参議院議長に対しても意見書を提出すること。
3. 各会派所属の議員に在っては、それぞれの所属政党本部に対して、現行制度の見直しのための働きかけを行うこと。

平成21年7月10日

港区議会みなとフォーラム・民主
渡辺専太郎 七戸淳・樋渡紀和子・阿部浩子・山本閉留巳・杉浦のりお

グループホームを視察

 会派による政務調査活動として、品川区にある「品川区立小山地域密着型多機能ホーム 小山倶楽部」を視察しました。同ホームの指定管理者である「社会福祉法人 新生寿会」は、来年3月開設予定の「(仮称)南麻布四丁目高齢者保健福祉施設」の指定管理者にもなっており、既存施設の運営状況や事業内容についてご紹介したいとの申し出を受けての視察でした。

0911185084.jpg 同法人東京事業理事の篠崎人理氏を初め、4人のスタッフの方から、お話を伺いました。それによると、今から25年前に日本で初めて認知症高齢者専門病院を開設し、以来認知症であっても最後まで人間らしく生きていくべきとの思いを持って、認知症ケアに取り組んで来たとのことでした。
 発足当初の三年間は、入所者が出かけて行方不明になったり、薬で行動制限をかけるなど様々苦い経験をして来ました。しかも人間としての生気が無い、それでも幸せか、との思いが有ったそうです。それがスウェーデンのグループホームを見学した際、入所者の皆さんが普通に暮らしており、、収容所みたいになっていないことに驚き、そのことが日本で初めてユニットケア(入所者をグループに分け、グループ毎に職員を配置し、起きてから寝るまで、同じ職員と生活をともにするサービス)を導入するきっかけになりました。
 お話を伺い、理念先行型で、無理を惜しまず、ただひたすら認知症を見つめて事業を進めて行きたいということが基本的な考えであることが分かりました。

0911185089.jpg 説明の後、施設内を見学しました。ここは元は個人の家でしたが、寄贈されたとのことで、場所も閑静な住宅地の中にあります。寄贈後、床など一部内装の変更は行ったものの、そのまま使用しているとのことでした。寝具などは中間色を取り入れ、全般的に優しい色合いを心がけているようでした。

東京モーターショー

0911054565.jpg0911054626.jpg>
 第41回東京モーターショーが開催され、視察して参りました。上の写真は、左が韓国の電気自動車メーカーCT&T社製のパトロールカー、右が今年日本カーオブザイヤー賞を受賞したトヨタ社製のハイブリッド車「プリウス」です。
 既に様々な報道で皆様もご存じだと思いますが、今年のモーターショーはこれまでより規模を縮小し、参加した外国産メーカーも三社のみでした。注目すべき点として、今回はデザイン性より機能性を重視した展示であったことです。どのメーカーも環境車、いわゆるハイブリッドカーを前面に展示し、またハイブリッドでなくても、マツダの「デミオ」の様な低燃費車を置くなど、環境への配慮が目立ちました。
 これまで何度も東京モーターショーに来場するほど車好きの私ですが、以前はデザインや快適性に目を奪われておりました。しかし前回一昨年の際は、自分の選挙が行われた年ということもあり、選挙車としてスピーカーや看板をどのくらい乗せられるのか、あるいは港区の裏路地まで入れるかといった選挙のための機能性を中心に、見方がやや業務的になっておりました。そして今年は、やはり時節柄環境との関係に目が行くようになり、見方が政策的になっておりました。趣味で始めた見学でしたが、時と共に物の見方が変わるものなのかと思います。

 国土交通省のブースでは、新しい地域交通体系の一環として、地域バス(コミュニティバス)が入れないような狭い道まで進める地域タクシー(上段写真左)や、身障者が難なく乗車できるユニバーサル・デザイン車両(上段写真右)について、説明パネルが在り、また実際にユニバーサル・デザイン車両も展示されておりました(下段写真左右)。この展示を見たことを機会に、各地の地域タクシーの運用状況を、今後研究してみたいと思います。
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エイビイシイ保育園を視察

0910294419.jpg 新宿区にある社会福祉法人杉の子会 エイビイシイ保育園を視察訪問致しました。都内でも数少ない夜間延長可能な保育施設です。
 片野清美園長より説明と施設内の案内をして頂きました。園長は「少子化打破には、こういう保育園も必要です。」、一方「幼保一元化、つまり認定保育園では24時間化は無理。」、また「地域の実情に合った保育園を造るべき。そして保育園にも競争原理が必要。」とも言われました。
 同保育園は千葉県に水田を所有し、有機食材を活用して食育に力を入れているそうです。
 また頂いた資料によると、親の職業が場所柄飲食店関係者が多いかと思いきや、そうではなく医療従事者、会社員、自営業、公務員など様々で、平成16年の時点で55家庭81人の子供が在園していました。現在保育士や栄養士など33人のスタッフが7交代で子供達を見ているそうです。
 今回の視察通じて思うには、私は保守思想の持ち主でありますが、一方女性が社会進出することには賛成です。子供がある時期まで家庭で育てることができれば一番いいと日本人としては思いますが、社会の変化の中で、夜間延長保育のニーズがある以上、これに何らかの対応をすることも自治体議員としては求められていると思います。
 但し予算をかけ、単にハコモノを増やすだけでは無意味であり、まずは現状の保育施設の運営の在り方について、改善をしていくことの方が重要だとも思いました。何よりも保育に限らず、現場を認識している議員の活躍が求められているかと考えます。
(写真:エイビイシイ保育園前。向かって右から阿部浩子議員、片野清美園長、杉浦のりお議員、山本へるみ)

<対馬危機>白嶽でゴミ拾い登山

 対馬視察本隊と別れ、松浦芳子杉並区議、にへい文隆中央区議、三野由美子藤沢市議らと、さらに一泊致しました。一行は昨晩、作元義文対馬市議会議長のご自宅に泊まりました。ご自宅は網元で、また民宿も経営されており、団体の宿泊も可能です。
 朝6時に起床し、作元家や近所の子供達に交じってラジオ体操を行いました。その後、議長の計らいで、漁船に乗せてもらい、朝の漁に出掛けました。漁船に乗るのは初めてです。漁は定置網式で、鯛、イカ、タコ、岩魚などが釣れました。

 昼頃、対馬で一番高い山である白嶽に登りました。当初私は登山の予定は無かったのですが、山中で韓国人登山客がゴミを捨てているとの情報が事前に在り、三野市議が現状視察のため単独でも登る意思を固めておりました。最近北海道で山の事故が起きており、私ともう一人男性スタッフも、ゴミ拾いのため同行することになりました。
 この山に関する事前の知識が無かったことに一抹の不安を覚えながらも、標高519メートルなのでハイキングの延長線上で考えながら登りました。途中まで順調でしたが、最後でやはり試練の場となりました。登山というより、ロッククライミングの様な状況で、山頂手前で登頂を諦めかけましたが、"ゴミ捨て御免"の登山客に負ける前に自分に負けたくない、ついでに港区議会議員としての意地も重なり、無理やり断崖に這いつくばって、登頂を果たしました。登山というより修験道者の修行のようなものでした。
 山全体が神の聖域であるにも関わらず、山頂でも山腹でも、韓国人登山客の大声や騒ぎぶりが耳につきましたが、これはむしろ日本側が、立て看板を設置して啓発するなどの対応が必要でしょうし、こういう場所こそハングルの案内板が必要だと思いました。

 下山後、厳原港まつりの本祭会場に向かい、朝鮮通信使に扮した行列などを見学致しました。お世話になった作元議長が、当時の対馬藩の儒学者、雨森芳洲(あまのもり ほうしゅう)の役で登場されました。会場では、一年ぶりに財部能成(たからべ・やすなり)対馬市長にも再会致しました。

 夕刻の便で対馬を後にし、福岡経由で帰京致しました。

          早朝漁に出る漁船上で作元義文対馬市議会議長(右)と私。DSC01597.JPG
白嶽山中に捨てられていたハングル表記のペットボトル(左)と免税店用の商品券(右)。DSC01654.JPGDSC01655.JPG
                    白嶽山頂での一コマ。DSC01658.JPG
                  朝鮮通信使に扮した行列の様子。DSC01669.JPG
左から、財部能成対馬市長、松浦芳子杉並区議会議員、三野由美子藤沢市議会議員、私、にへい文隆中央区議会議員、作元義文対馬市議会議長。DSC01703.JPG

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