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その他

赤坂青山地域活動報告会/石川知裕容疑者逮捕

21J地271-6513.jpg 港区役所赤坂地区総合支所管内の地域活動についての報告会が、フロラシオン青山で開催され、赤坂や青山の地域団体、行政、議会関係者が参加致しました。
 報告会では、プロジェクターを使い、区民参画・協働の体制、タウンミーティング、防災や清掃などの地域事業、ワークショップなどについて活動報告が行われました。
 私は民主党内では六本木・麻布地区担当の議員ですが、隣接する赤坂・青山地区の皆さんの活動を知ることで勉強になりました。
 報告会が終わり懇親会が開催されましたが、私は阪神・淡路大震災15周年関連行事のため中座し、神戸に向かいました。

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 ところで、東京地検特捜部は昨夜、政治資金規正法違反(不記載)容疑で、小沢一郎幹事長の元私設秘書で当時陸山会の会計事務担当だった民主党衆院議員、石川知裕容疑者(民主党衆院議員 海道11区)を逮捕しました。
 民主党員として無念さを隠せません。私の考えは13日のブログ記事(http://herumi.jp/giin/post_270.php)に掲載されているとおりですが、今後捜査が進み、裁判が行われることになると思いますので、それらを見守りたいと思います。
 同時に党首脳は、事実関係について党員にそして国民に理解を得る説明を行うべきであります。これまで私は、港区議会議員であると共に、党港区支部副幹事長という立場にもあることから、一連の事件についての発言は慎重に行って来たつもりであります。しかしことこの事態に至っては、そのような姿勢は許されなくなって来たかと思います。
 党本部に対しては、本件に関する説明を要求します。

本日の強制捜査について

 本日は出張で広島に来ております。この事については明日改めてご報告致します。

 我が党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」が、平成16年に世田谷区内に購入した土地の取引について、当時小沢議員の秘書で会計事務担当であった石川知裕衆議院議員が、政治資金収支報告書に、土地購入に際しての原資4億円を記載していなかったとの疑いにより、東京地方検察庁特別捜査部が、政治資金規正法違反容疑で、陸山会事務所、小沢議員の個人事務所、鹿島本社などに対する強制捜査に踏み切りました。

 容疑の事実関係については検察が解明することになりますが、一民主党員として、これまで民主党と山本へるみにご支援頂きました皆さん、区民の皆さんにお詫びを申し上げなければなりません。
 政治家は結果が全てですから、容疑の審議は別として、結果的に国民の皆さんに無用なご心配をおかけしたこと、また自分が事件の当事者でないにせよ、所属党員として全くの傍観者の素振りは許されないのであります。
 もっとはっきり言えば、党本部の国会議員がしっかりしてもらわないと、我々末端の議員、党員が大いに困るのであります。これまでもこのブログに書いたことがありますが、自民党初め既存体制の不備を質すのであれば、それ以上のモラルを我々の側が求められるのであります。つまり説明責任を果たしているのか否かであります。いくら果たしていると言っても、聞き手である国民の皆さんに伝わらなければ、果たしているとは言い切れないのであります。
 その上で同時に言いたいことは、一方で検察は今言われている容疑だけで、本当に立件が出来るのか否か、この点については正直疑問も残ります。

 いずれにしても、私は民主党所属の地方議員であり、これまでも港区から日本を変えるための国民運動にも参加して参りました。民主党員である前に日本国民であるとの思いに基づき、国民目線を持った姿勢は、今後も守り続けて参りたいと思います。


シーシェパードの妨害を許すな!

 ここのところ、日本の調査捕鯨活動に対して、反捕鯨団体シー・シェパードによる過激な妨害が目立ってきておりますが、日本国民としては強い憤りを感じます。捕鯨は日本の食文化であり、言論であるならともかく、威力を用いての妨害活動は、明らかに我が国の食生活に対する攻撃と言わざるを得ません。
 欧米人は牛や豚を殺してステーキにして食べます。中国では犬を食用にしている地域が在ると聞きます。犬を殺すことに個人としては抵抗が有りますが、彼らの食文化であるのであれば仕方ありません。
 アメリカ人は、確かに牛を殺すが一方で育ててもいると言います。それを言うなら、捕鯨をしても自然の生態系により鯨は新たに生まれていましたし、捕鯨が減ることで、鯨が逆に増え、他の魚を食べる量も増え、結果的に全体の魚類の生態系自体に悪影響が出ています。日本政府は、IWC(国際捕鯨委員会)など国際的な協議の場で、これらの状況をデータで示し主張しているにも関わらず、反捕鯨国は感情論だけで捕鯨に反対している始末です。
 過去60年以上に渡り、我が国は一部の領土を不法占拠され、多数の国民が拉致されて来ましたが、この上食生活にまで攻撃を加えて来る今日の状況を、このまま許していいのでしょうか?
 以下新聞記事の転載です。

◆捕鯨監視船と衝突 シー・シェパードの妨害激化
 2010年1月7日(木)8時0分配信 産経新聞
 水産庁は6日、日本の調査捕鯨船団の監視船「第2昭南丸」と環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体シー・シェパード(SS)の抗議船「アディ・ギル号」が南極海で衝突したと発表した。捕鯨船団は同日未明からア号ともう1隻の抗議船「ボブ・バーカー号」から妨害活動を受けており、衝突は妨害の最中に起きたという。昭南丸の船体に大きな損傷はなく、乗組員にもけがはなかった。ア号は船首部分が大破したが、乗組員らはボ号に救助された。
 水産庁によると、ア号は同日午後0時半(日本時間)ごろ、昭南丸に異常接近し、前方を右側から左側へと横切ろうとしたうえ、途中で急に減速した。そのため昭南丸は避けきれずに衝突したという。
 衝突前に、昭南丸はア号に対して接近を阻止するため、放水を行ったり、音響装置などで警告を行った。これに対して、SS側は「ア号は静止していたのに、突然衝突された。日本側は救助もしてくれなかった」と主張している。
 水産庁によると、6日の捕鯨妨害は午前3時ごろから行われていた。ボ号が捕鯨母船「日新丸」に接近し追跡を始め、さらに、ア号も接近。約2時間にわたって、異臭がする薬品入りのボールを発射装置を使って発射したほか、目に当たると失明の恐れがあるとされるレーザー光線の照射などを行った。
 今シーズンの捕鯨船団は昨年11月に日本を出航。これまでに数回にわたって妨害行為を受けている。
 政府は6日、ア号などの船籍国のニュージーランドと寄港地のオーストラリアに対し、取り締まりなどの措置を取るよう申し入れた。農林水産省も今回の衝突について、「危険な妨害行為が招いた結果であり、遺憾」とする声明を出した。

【用語解説】シー・シェパード
 過激な行動で知られる環境団体「グリーンピース」から1977年に分派して設立された。海洋生物保護を訴えているが、アイスランドの捕鯨船を沈没させるなどしてきた。「エコ・テロリスト」とも呼ばれ、国際捕鯨委員会(IWC)は名指しで行動を非難する声明を出している。
◆シー・シェパード船衝突、NZ政府に抗議
2010年1月7日(木)12時49分配信 読売新聞
 平野官房長官は7日午前の記者会見で、反捕鯨団体シー・シェパードの小型高速船が南極海で日本の調査捕鯨船団の監視船に衝突した事故について、「極めて遺憾だ」と語り、日本政府として小型高速船の船籍のあるニュージーランド政府に抗議したことを明らかにした。
◆シー・シェパード 抗議船が沈没 世界最速ボート転用
1月8日12時22分配信 毎日新聞
【ジャカルタ支局】
 反捕鯨団体「シー・シェパード」(SS)は7日、日本の調査捕鯨船と衝突、大破した抗議船「アディ・ギル号」が沈没したことをウェブサイト上で明らかにした。SSの別の船がえい航作業中だった。

【写真で見る衝突の様子】調査捕鯨:調査船と抗議船が衝突
http://video.mainichi.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48227968/48227968peevee291545.flv

 アディ・ギル号は三胴型の高速ボート。08年4~6月には、「アースレース号」の名前で、それまでの記録を一気に2週間短縮する、発動機艇の世界一周最速記録(61日間)をスペイン発着コースで打ち立てた。
 AP通信などによると、全長約24メートルで、船体は炭素繊維などでできており、最大速度は50ノット(時速約93キロ)。化石燃料の代替のバイオディーゼル燃料を使用するという。
 船長のニュージーランド人男性らが04年ごろ、バイオ燃料の啓発などを目的に、世界記録更新を目指して建造を企画した。記録更新後、SSの抗議船として利用されることになり、SSは昨年10月、「同船獲得を支援した(資金)寄付者」(SSウェブサイト)の米国の実業家の名前に"改名"した。SSは、黒に塗り替えられ「ステルス爆撃機に似た」(AP通信)外観となったアディ・ギル号を、同12月から、日本の捕鯨活動の阻止行動に用いると発表していた。

新しい年の幕開けです。

21J議264-6166.jpg 平成22年(皇紀2670年)の年が始まりを、皆様と共に迎えることができ、大変嬉しく思います。
 今年は私にとり、任期最終年であり、港区議会議員として仕上げの一年として、誠心誠意皆様の為に仕事を行い、また日々迅速な対応ができる政治を進めて参ります。また夏の参院選を挟んで、日本の政治も様々な動きがあることも予想されます。このブログを通じて、重要情報を適宜皆様にお伝えできるように頑張ります。

 元日午前零時を過ぎ、外出いたしました。NHKの中継にも在りましたとおり増上寺ではカウントダウン行事として風船を飛ばすイベントが行われておりました。イベント終了後大勢の皆さんが、外苑東通りを六本木方向に歩く姿が見られました。
 私は飯倉熊野神社(東麻布)、八幡神社(虎ノ門)、竜土神明宮天祖神社(六本木)を順に参拝致しました。熊野神社前では、地元の東麻布飯五町会の皆さんが、道行く人に甘酒を振舞っておりました。

年末のご報告 今年の言葉は「揺」

 今日は港区役所の年末の締日であります。私の諸活動は、実は大晦日まで続いているのですが、本日年末のご報告等を述べさせて頂きます(公職選挙法の規定により政治家の時候の挨拶が禁じられており、本来「ご挨拶」とすべきところを「ご報告」としております)。

 今年は夏の東京都議会議員選挙で民主党が都議会で第一党となり、続く第45回衆議院議員選挙の結果、小選挙区比例代表導入以降初の政権交代が行われ、民主党政権が誕生致しました。変革を求めた民意の現われであったかと思います。
 衆院選を通じて、地方分権、地域主権が叫ばれました。そしてその地域主権が最も遅れているのが、我が港区を含め東京23区、すなわち特別区であります。このブログでも何度がご報告しておりますが、現在の変則的な自治情況を一日も早く正常化することが急務かと思います。

 最近You Tubeなどの動画に登場する機会が増え、多くの皆様より励ましの言葉や、私を心配して下さる言葉を賜るようになりました。外国人参政権をめぐる私の発言についてであります。
 「マニフェスト選挙」と呼ばれた先の衆院選で、我が党はマニフェストに外国人参政権付与については言及しておりません。従って私が外国人参政権に反対を表明しても、今のところ党の方針と相反することにはなりません。
 しかし年明け後の通常国会で法案が上程される事態ともなれば、情況は一変します。自民党政権時代も外国人参政権法案が検討されたことが在り、同党内でもかなりの反対の声が出て見送られた経緯が在ります。民主党政権下でどのような動きになるのか、正直予断を許しませんが、各地方議会では、民主党会派も含めて参政権反対の意見書が示されております。
 外国人参政権反対と外国人差別は別物です。参政権推進派は世界の趨勢と言っているようですが、彼らの言う内容と同じ外国人参政権を導入しているのは、北欧の三ヶ国のみであります。我が国の政治に関与したければ、きちんと法的手続きに従い、国籍を取得するべきだと思います。
 私は民主党員である前に日本国民です。民主党政権が誤った政策を行うのであれば、それを正すのは民主党員の責務です。日本国が侵略されそうになれば、国を守るのが国民の責務です。今後いかなる情況になっても、この姿勢は堅持して参ります。

 年末恒例の今年の言葉は「新」でしたが、私にとっては「揺」であります。春に北朝鮮弾道ミサイル「テポドン」が発射され、東アジアの安全保障に揺れを与えました。それに続く新型インフルエンザでは、日本を含む世界中で混乱という揺れがありました。夏には政権交代という揺れが起きました。新政権下で予算の見直し、事業仕分けをめぐる揺れがありました。年末には天皇陛下のご会見をめぐる揺れがありました。また今月関東地方では、相模湾を震源とする地震による揺れが在りました。これらの揺れが、来年の日本そして世界、そして元より我が港区にどのような影響を及ぼすのか分かりませんが、私の政治家としての基本姿勢である現地現場主義、率先垂範主義を守り、安全で安心できる街づくり、国づくり、人づくりを目指して参りたいと思います。

 今年一年本当にお世話になりました。来年は私の任期最後の一年となりますが、どうかご指導ご鞭撻ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。皆様どうぞ良い年をお迎え下さい。

 平成21年12月28日

港区議会総務常任副委員長 民主党

山本閉留巳

天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の集い

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 東京芸術劇場(池袋)で開催された「天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の集い」に、日本会議地方議員連盟の一員として参加して参りました。
写真左:主催者代表挨拶をする岡村正実行委員長(日本商工会議所会頭)。
写真右:第二部では雅楽の演奏が行われました。

市ヶ谷駐屯地・基地餅つき大会

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 本日はクリスマスイブの日ですが、市ヶ谷駐屯地・基地餅つき大会に、港区防衛親交会顧問として出席して参りました。
 防衛省が六本木に在った檜町駐屯地(当時は防衛庁)から市ヶ谷駐屯地に移転して今年で10年になります。移転当時は、六本木から防衛庁(当時)が無くなる事に寂しい思いも在りましたが、土地の大きさなどでは市ヶ谷にはかないません。やはり国防の中枢機能には、それなりのスペースが必要だと思います。この市ヶ谷駐屯地は、江戸時代には尾張藩の上屋敷が在った場所です。
 港区防衛親交会は、今から31年前に創立されました。創立には森野弘司郎港区議のお父様が尽力されたと聞いております。創立当時、私の母親が、防衛について男の子に関心を持たせることは大事なことと思い、当時小学生であった私の名前で入会させたそうです。その後30年間会員として会の活動に参加して参りましたが、昨年顧問就任を打診され、若輩ながらお引き受けした次第です。
 私は、市ヶ谷駐屯地での餅つき大会には、昨年から参加しております。

事業仕分けについて

 連日事業仕分けのニュースがトップを飾っております。我が党は先の衆院選の際の政権公約で、行政の無駄をなくすため、行政刷新担当大臣と、その下に行政刷新会議を設置することを掲げておりました。
 同会議の議長は鳩山由紀夫内閣総理大臣が、副議長は仙谷由人内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)がそれぞれ務めています。また内閣総理大臣が指名する議員や行政職員、民間も有識者が加わり、担当分野により分科会が設置されています。
 現在三つの分科会が構成され、第1分科会が総務・財務・国土交通・環境各省を、第2分科会が外務・厚生労働・経済産業各省を、第3分科会が文部科学・農林水産・防衛各省を中心に、事業仕分けに当たっております。

 さて私の周辺での評価ですが、概ね好評です。今までよく分からなかった税金の流れや事業の必要性などが白日の元にさらされているわけですから、多くの国民の皆さんが関心を持つのは当然だと思います。尤も評価される方々でも、議論の進め方や態度、見識の有無については、逆に厳しい見方をされております。このことも我が党は真摯に受け止める必要があります。

 ところでそれよりも私が深刻に受け止めていることがあります。この事業仕分けの会議は、諸外国でいえば公聴会に当たる側面もあるのですが、本来は衆参両院の予算委員会で行うべき仕事ではないかと思うのです。
 港区議会議員に就任して以来、何回か予算もしくは決算特別委員会に参加致しましたが、予算決算そのものに対する質問をされる議員がほとんどおらず、むしろご自身が聴きたいことを質問されている状況であります。
 なぜこのような状況に在るのか、暫く分かりませんでしたが、よくよく考えてみれば、国会の予算委員会では、テレビ中継を見ている限り、予算に関する質問はほとんど出ず、さらには質問自体がなかなか行われず、自分の意見をとうとうと述べてから、やっと質問が出る、そんな状態です。国がそんな状態なら、自治体も同じようになるのも仕方のないことかもしれません。
 しかし予算と付く委員会なら予算の質問をしなければ意味がありませんし、税金のチェック機能を果たしているともいえません。この点を我が議会もしっかり押さえておく必要があるかと思います。

明治大学雄弁部OB会総会

2111235168.jpg 明治大学雄弁部OB会(日高憲三会長)の平成21年度定時総会が、明治大学校友会館「紫紺館」(千代田区)で開催され、平成元年卒のOBとして出席して参りました。
 午後2時に田中良同会副会長(都議会議員 民主党)の開会の辞に始まり、物故会員への黙祷、OB会会長挨拶と続き、議事として、昨年度及び今年度の活動報告と活動計画、決算報告と予算案、それに会計監査報告が上程され、それぞれ承認されました。また「創立120周年記念事業推進の件」も上程され、各種関連報告の後了承されました。
 議事終了後、現役部員で法学部2年生、真崎博瑛君による演題「創造的な世界へ」が弁論されました
 明治大学雄弁部は、日本で二番目に創立された大学弁論部で、来年創部120周年を迎えます。因みにOBによると、一番目が慶応義塾大学弁論部で140年、三番目が中央大学辞達学会で109年、四番目が早稲田大学雄弁会で108年とのことでした。
 OB会には、数多くの各層議員も参加しております。私が20歳代後半の頃、NGOスタッフとしてカンボジアやロシアに行きましたが、当時現役の雄弁部学生として参加した森山浩行君が、先の総選挙で大阪16区から民主党公認で立候補し当選されました。森山議員も懇親会から参加し、旧交を温めましたが、国のため地域のために、明大雄弁部出身の議員の集まりを創ることについても、今後考えて行きたいと思います。

奉祝国民祭典

 天皇陛下御即位20年に際し、日本国民の一人として、心よりお祝いを申し上げます。天皇皇后両陛下のご健康と皇室の弥栄をお祈り申し上げます。

2111144977.jpg 「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」に、港区議会議員の一員として参加致しました。
 主催は、天皇陛下御即位二十年奉祝委員会(岡村正会長)、天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(森喜朗会長)、後援は、内閣府、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省、東京都、千代田区でした。我が議会からは、他に水野むねひろ議員(自民)、森野弘司郎議員も参列致しました。
 式典は、平沼赳夫衆議院議員による開会宣言、ソプラノ歌手佐藤しのぶさんによる国歌独唱、経済・スポーツ・芸能など各界代表からのお祝いメッセージ、陸・海・空三自衛隊合同による奉祝演奏と続き、午後6時30分頃、二重橋に天皇皇后両陛下がお出ましになられました。

 お出ましの後、岡村正会長より主催者式辞、鳩山由紀夫首相による内閣総理大臣式辞、天皇陛下御即位二十年奉祝曲の演奏、国歌斉唱と続き、天皇陛下のお言葉がなされました。
 陛下はお言葉の中で、「今日我が国は様々な課題に直面しております。人々が互いに絆を大切にし、英知を結集し、相携えて努力することにより、忍耐強く困難を克服していけるよう切に願っています。」と述べられました。またお言葉の最後には、出席者が長い時間会場に集まったことに、「寒くはありませんでしたか。」と気遣われる場面もありました。
 両陛下の前で演奏された奉祝曲は、組曲「太陽の国」で、作詞は秋元康さん、作曲は岩代太郎さん、歌はEXILです。オーケストラ演奏による第1部「太陽の種」、ダンスが加わった第2部「太陽の芽」、そして歌詞の付いた第3部「太陽の花」の三部構成で、大変素晴らしい曲でありました。
 陛下は、「本当に楽しいひと時でした。どうもありがとう。」と応えられ、森喜朗議連会長が音頭をとり、聖寿万歳三唱が繰り返して行われ、両陛下はご退出なさいました。ご退出の際、両陛下は何度も足を止められ、皇居前広場に集まった参列者に手をお振りになりました。

 国民祭典を通じて、改めて日本国民の一員であることへの自覚と誇りを強くしました。そして陛下の国民を気遣われるお気持ちに深く感銘致しました。

(文中一部産経新聞記事参照)

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