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政治活動

松下政経塾で自治体経営改革シンポジウム

 財団法人松下政経塾30周年記念 自治経営改革プロジェクト シンポジウム ~「地域から日本を変える、変わる」 松下政経塾卒塾生30年の実践とこれからの課題~ が、松下政経塾(茅ヶ崎市)で開催されました。内容は以下のとおりです。

 基調講演 「地域主権で日本を変える」 原口一博総務大臣(4期生)
 鼎談 「知事の目からみた地方分権」 松沢成文 神奈川県知事 (3期生)
                          村井嘉浩 宮城県知事 (13期生)
   コーディネーター            北川正恭 早稲田大学大学院教授
 パネルディスカッション 「自治体を経営する」 清水勇人 埼玉県さいたま市長 (7期生)
                               海老根靖典 藤沢市長 (2期生)
                               鈴木康友 浜松市長 (1期生)
   コーディネーター           荒田英知 PHP総合研究所政治経済研究センター長

 以下発言概要です。
000154.jpg原口総務相(左写真)
 読売新聞の企画で、「検証 戦争責任」の編集委員に参加したことがある。昭和12年の政府に資料を読むと、ナチスは警戒を要すると考えていた。そうでありながら、その後日本はナチス・ドイツと同盟を結び戦争に入った。政策に対する責任と結論が明らかではなかった。
 全てのシステムには、学びが必要だ。国の形を変えることに誰が責任を持つのか、と言えば、それは国民だ。地域をないがしろにして、いい国はつくれない。
 政策の質に対するチェックが必要だ。一人一人が誰の責任において何を決めているのかを明確にしなければならない。
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松沢神奈川県知事(右写真・中央)
 地域の特質として、「神奈川力」を訴え、これを地域の先進力にしている。民間と行政が協働して、新しい価値を創造している。
 分権には、機能的分権、地方分権、時間的分権がある。その時間的分権の具体化策として、知事の任期を3期12年までとする知事多選禁止条例を制定した。
 日本はWHOの勧告を受け、受動喫煙防止法を制定したが、神奈川では内容がさらに進んだ受動喫煙防止条例を定めている。同防止法については、厚労省と財務省が激しく対立している。改革を進めて行く上で大事なことは、いかにして恨みを残さないようにするかだ。
 地方自治法は欠陥だらけの法律だ。憲法第92条で「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」とあるが、地方自治法には本旨が無く、国が地方を管理するための法律だ。政治家が方向性を定めるべきで、現行の地方自治法を廃止し、地方自治基本法を制定するべきだ。
 道州制イコール霞ヶ関解体プラス地方分権改革だ。
 オバマ大統領は、核廃絶という高い志を掲げている。高い志と現実的な政策を合わせて行くところに松下政経塾の意義がある。

村井宮城県知事(上写真・右端)
 経済政策に軸足を置いている。仙台には各企業の東北を総括する支店が置かれており、支店経済と言われている。これまで第三次産業を中心でやってきたが、人口が減少すればサービスも低下する。そのための産業構造の体質改善が必要となり、ものづくりに軸足を置いた政策を進めている。
 今後人口の65%以上が高齢者となり、高齢化率も上昇する。2040年には、この動きがピークとなり、それから高齢者数は減少すると予想される。今から30年後の福祉のあり方を指示すべきだが、地方にはその権限が無い。地方自治をフルモデルチェンジして道州制を導入するべき。"東北州"ならオーストリアと同じ経済規模になるだろう。道州制を導入すれば国への陳情は無くなり、究極の分権が進むことになる。
 物事を考える基準は自衛隊時代に学んだ。分権や道州制は幸之助さんの遺言であり、一人でも多くの皆さんに理解してもらえるよう頑張る。
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鈴木浜松市長(左写真・右から三人目)
 市長に就任してから、4年間の行程表、戦略計画を作成した。幹部クラスにも「部長マニフェスト」を作らせた。

海老根浜松市長(左写真・右から二人目)
 市長になってから、前任者時代に作成された総合計画の見直しに着手した。

清水さいたま市長(上写真・右端)
 政令指定都市となり、区役所ができたが、逆に住民との距離が遠くなり、サービスが低下していた。自分が市長となり、政令指定都市のメリットをつくろうと思った。ビジョン、人づくり、仕組みを変えないといけないと思い、現場訪問に力を入れ、9ヶ月で80ヶ所を訪問した。

<参照URL>

松下政経塾 http://www.mskj.or.jp/

原口一博 トップ http://www.haraguti.com/

神奈川県知事 松沢しげふみ 公式サイト http://www.matsuzawa.com/

宮城県・知事プロフィール http://www.pref.miyagi.jp/hisyo/hisyo_page_2.htm

鈴木やすともsite http://www.yasutomo-net.com/

藤沢市長,えびね靖典,湘南藤沢に一生住みつづけたい、海老根靖典の公式サイト http://www.f-seifu.com/

駅頭活動「朝風」(六本木一丁目駅頭)

000150:DSC07722.jpg 本日午前8時から9時まで、東京メトロ南北線六本木一丁目駅2番口にて、駅頭活動「朝風」(挨拶活動)を実施致しました。

高萩市長選挙

21J政286-7225.jpg 高萩市(茨城県)の市長選挙が、先月31日告示、今月7日に投開票され、現職の草間吉夫氏が2期目の当選を果たしました。
 草間は私と同年ですが、松下政経塾では6期後輩(16期生)に当たります。平成13年(2001年)の都議選に私が立候補した際、ボランティアとして参加し、夜通しかけて手製のノボリを作るなど本当にお世話になった方です。
 選挙期間中の今月4日、私は応援のため現地入りしました(写真)。草間氏が4年前初めて市長選挙に立候補した際も応援に参りましたが、この時草間氏の政策の一つが予防福祉という概念です。日本の福祉政策は、その全てとは言いませんが、障害や認知症など、概して人が福祉を必要とするようになった後の状況を基準に考えているのではないかと感じます。彼は人が福祉を必要とする前の段階で、いかに健全な老後を過ごすのかを考え、その事が究極的には行政に過大な負担を及ぼさないことにもなるという考え方です。
 今回の選挙では、これに加え産業の誘致も大きな争点となりました。彼は任期中の4年間に、工業団地の8割のスペースで、企業誘致に成功してきた実績があります。また映画やドラマのロケ誘致にも熱心で、現在放送されているNHK大河ドラマ「龍馬伝」のロケも、同市で行われています。今後もこの誘致の流れを加速させ、高萩市の産業振興を一層推進することになります。
 草間市長の再選を心よりお喜び申し上げ、今後の高萩市の発展をお祈り申し上げます。

 ところで私は今日から三日間、父の墓参のため、フィリピン共和国の首都、マニラ首都圏に来ており、この記事もマニラのホテルで書いております。詳細は明日以降お知らせ致します。

<参照URL>
高萩に新たな風便り http://kusama1.blog45.fc2.com/

麻布十番駅頭活動/麻布町会・自治会連合会

000093:DSC07339.jpg 本日朝の駅頭活動「朝風」を、麻布十番駅2番口で行いました。

000092(DSC07341).jpg 港区麻布町会・自治会連合会新春懇親会が、メルパルク東京で開催され、出席して参りました。私が所属している麻ノ葉町会も、同連合会の一員です。今年も麻布地区の地域発展のために微力ながら貢献して参りたいと存じます。
(写真:開会の挨拶を行う中島八郎麻布町会・自治会連合会会長)

<関連URL>
●Kissポート:地域人:麻布町会・自治会連合会会長 中島 八郎さん http://www.kissport.or.jp/tiikizin/index.html
●メルパルク東京 
http://www.mielparque.jp/tky/tky01.html

拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会(29日)

 「拉致の全体像と救出の方途-東京連続集会」が、29日夕方、文京区民センターにて、拉致被害者鳩首運動団体である救う会東京及び救う会全国協議会主催により開催されました。講師は救う会全国協議会会長代行 西岡力氏、ジャーナリストの惠谷治氏でした。
 開会に際して、拉致被害者家族の皆さんからも発言が行われました。

 以下は講演の概要です。

■拉致の全貌、1976年の金正日拉致指令を中心に
1.北朝鮮による拉致の時期には、①朝鮮戦争中の韓国人拉致、②戦後から1976年までの漁船拿捕を中心とする韓国人拉致、③1976年金正日の「工作員現地化教育のための教官拉致」指令による韓国・日本・諸外国での拉致、という3つのピークがあった。
2.金正日拉致指令
 1974年に金日成の後継者として公式指名された金正日は、76年初め、対南工作の新方針を示す中で、「工作員の現地化教育を徹底して行え、そのために現地人を連れて来て教育にあたらせよ。」と拉致指令を下した。
3.77年~78年に拉致集中
 拉致指令の翌年の1977年から78年にかけて、韓国人や外国人拉致が世界規模で集中して行われた。日本人拉致もこの時期に集中し、現在政府認定被害者17人中13人が、この2年間に拉致された。また韓国、日本以外の10ヶ国、中国(マカオ)・タイ・レバノン・ルーマニア・シンガポール・マレーシア・ヨルダン・フランス・イタリア・オランダの拉致は、78年もしくはその直前に集中している。
4.80年代以降の状況
 1980年代後半に入ると韓国人拉致の様相が大きく変わり、それまでの漁船拿捕による拉致はほとんどなく、拉致指令による教官拉致も確認されていない。
 一方90年代後半以降、北朝鮮にとって「有害行為」の阻止を目的とした拉致が新たになされる。中朝国境地域で、脱北者を助けていたキリスト教宣教師や貿易商が拉致された。
5.よど号グループによる日本人拉致
 1980年代前半、赤軍派よど号グループによる日本人拉致がヨーロッパで組織的に展開された。日本人を北朝鮮工作員として使おうという金正日の指令によるものだ。80年代後半、彼らのメンバー2人が日本に戻り対自衛隊工作を行おうとして逮捕された。以降このタイプの拉致も確認されていない。
 この時期、日本以外の外国人拉致は確認されていないが、2000年代に入り、脱北者を支援していた中国籍朝鮮族が多数拉致されたとの有力情報がある。
6.拉致被害者を返さなかった理由
 金正日による拉致指令は秘密とされた。拉致は国際社会全体を敵に回すテロであり、その上、金正日は、工作員を使い大韓航空機爆破事件というテロを実行している。拉致指令が明らかになれば、金正日がテロの首謀者であることが暴露され、だからこそ拉致指令やテロ指令などを認めることつながる被害者を「死亡」として、返すことが出来なかった。
 金正日は2002年9月に、日本人拉致を認め謝罪したが、自らの関与を否定し、「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行ったと考えている。」とした。僅か5人を返し、「拉致したのは13人だけ。残り8人は死亡した。」という新たな嘘をついた。嘘には動機がある。なぜこの時点で全被害者を返さなかったのか、拉致被害者救出の為に必ず解明すべき問題だ。

■北朝鮮による拉致の分析
1.拉致の目的
 過去の北朝鮮による拉致事件を分析すると、以下の8つの目的が浮かび上がる。
①秘密隠蔽 ②背乗り(身分盗用) ③工作員として活用 ④工作員現地化教育の教官 ⑤拉致被害者などの配偶者 ⑥特殊技能者(専門家) ⑦反北活動の阻止 ⑧対南宣伝に利用
2.拉致の方法
 拉致事件の状況をみると、拉致は3つの方法で実行されている。
(A)遭遇拉致 工作活動の目撃者など上記①の場合。
(B)条件拉致 マグジャビ(手当たり次第)と呼ばれ、上記②~⑤及び⑧の場合。
(C)人定拉致 基本的には特定の個人が対象で、上記⑤~⑦の場合。
3.北朝鮮による拉致事件(日本人被害事案のみ抜粋。○=政府認定事案 △=政府未認定事案 ☆=拉致関連情報)
○1963年5月12日 石川県志賀町高浜の沖合いで、寺越昭二(36)、寺越外雄(24)、寺越武志(13)を拉致。
☆1969年11月 金日成は3号庁舎(特殊機関を示すコードネーム)拡大幹部会議において、「必要なら日本人を包摂工作し拉致工作することも出来る。」と言明。
☆1970年3月31日 日航機よど号がハイジャックされ、平壌に着陸。
△1970年8月8日 加藤久美子(22 事務員)を拉致。
△1973年7月7日 古川了子(18 会社員)を拉致。
△1974年6月中旬 渡辺秀子の2児拉致(父親の高大甚は工作員で北朝鮮帰国)。
☆1976年初め 金正日の外国人拉致指令
○1977年9月19日 石川県能登半島宇出津から久米裕(52 警備員)を拉致。
○1977年10月21日 松本京子(29 会社員)を拉致。
○1977年11月15日 新潟市寄居浜付近から横田めぐみ(13 中学生)。
○1978年6月6日 成田から出国した田中実(29 店員)をウィーンで拉致。
○1978年6月29日 田口八重子(22 店員)を拉致。
○1978年7月7日 福井県小浜市から地村保志(23 大工)と浜本富貴恵(23 店員)を拉致。
○1978年7月31日 新潟県柏崎市の中央海岸付近から蓮池薫(20 大学生)と奥土祐木子(22販売員)を拉致。
○1978年8月12日 鹿児島県日置郡の吹上浜から市川修一(23 電電公社職員)と増元るみ子(24 会社員)を拉致。
○1978年8月12日 佐渡島から曽我ひとみ(19 看護師)と母親の曽我ミヨシ(46)を拉致。
○1978年8月15日 富山県高岡市の雨晴海岸でカップル拉致未遂事件。
△1979年8月頃 小住健蔵(46 旋盤工)を東京の山谷から拉致。
△1979年頃 金田竜光(26 店員)が神戸市東灘区から失踪
☆1980年1月7日 産経新聞が一面トップで「アベック3組謎の蒸発」を報道。
○1980年5月中旬 マドリードから松木薫(27 語学留学生)と石岡亨(22 大学卒業直後)を拉致。
○1980年6月20日 宮崎県青島海岸の児童公園から原敕晁(43 調理師)を拉致。
○1983年7月15日 コペンハーゲンから有本恵子(23 語学留学生)を拉致。
☆1985年3月1日 西新井事件でスパイ朴を指名手配(小住健蔵拉致発覚)。
☆1985年6月28日 韓国国家安全企画部が辛光洙事件を発表(原敕晁発覚)。
☆1987年1月21日 寺越外雄の手紙が姉の元に届き、寺越武志と共に北朝鮮に住んでいることが判明。
☆1987年9月3日 訪朝した寺越武志の両親が、息子と弟(外雄)と再会。
☆1987年11月29日 大韓航空機爆破事件。
☆1988年1月15日 大韓航空機爆破事件の実行犯金賢姫が記者会見で、日本語教育係だった日本人「李恩恵」の存在を公表。
☆1988年3月26日 橋本敦参議院議員(共産党)がアベック連続蒸発事件について質問、梶山静六国家公安委員長が「北朝鮮の疑いが濃厚」と答弁。
☆1988年9月6日 石岡亨の手紙がポーランドから札幌の実家に届き、北朝鮮に住んでいることが判明。有本恵子の住所と写真、幼児の写真が同封。松木薫の存在に言及。
☆2002年9月17日 小泉首相第1回訪朝、金正日が拉致を認め謝罪。
☆2002年10月15日 拉致被害者5人が帰国。
☆2004年5月22日 小泉首相第2回訪朝、地村・蓮池夫妻の家族5人が帰国。
☆2004年7月9日 ジャカルタで曽我ひとみ一家再会、18日一家日本帰国。


 

拉致事件をテーマにした舞台を観劇

 北朝鮮による拉致事件をテーマにした舞台「めぐみへの誓い」を観劇しました。
劇団夜想会の制作で、先月26日から31日まで、新宿の紀伊國屋サザンシアターで上演されました。
  ストーリーは、昭和52年(1977年)に起きた横田めぐみさん拉致事件、横田家の様子、昭和63年に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元死刑囚や、その教育係だった田口八重子さんが苦悩する姿、脱北者の証言などに基づく収容所の場面などが盛り込まれた内容でした。
 配役では、横田めぐみさんの父、滋さんを小野寺昭さんが、また拉致被害者田口八重子さんを川上麻衣子さんが演じました。
 衝撃的であったシーンは二つ。めぐみさんが拉致された後、「朝鮮語をマスターしたらお母さんの所に返してやる。」と言われ、一生懸命勉強し、金日成を称える文言まで暗唱しながら、帰国の望みが叶わないことが分かり、精神的に破綻して姿。もう一つは強制収用所で、収容者が人間としてではなく、動物以下の扱いを受け弾圧されているシーンでした。21世紀の今日になお、あのような事が、しかも日本の周辺地域で行われていることに、改めて涙を流さずにはいられませんでした。
 脚本と演出を担当された夜想会主宰、野伏翔さんは、「秦の始皇帝の時代か何か、人類がまだ蛮性をむき出しにした大昔の暴虐の帝国の物語を作っているような錯覚に陥りました。脱北者の証言に比べれば、はるかに控えめに表現したにも関わらずです。」と述べてました。野伏氏はさらに「拉致事件が凶悪で残酷な北朝鮮の国家犯罪であるという原点を直視すると共に、戦後日本が構造として持ち続けている歪で怠慢な国家体制が招いた不祥事である事実を告発したいと思いました。」とも訴えていました。
 今回の舞台制作に当たり、プロデューサーの佐々木俊夫氏から依頼を受け、12年前の拉致被害者家族会と救う会(拉致被害者救援組織)の街頭署名活動で使用したノボリなどの器材を提供させて頂きました。めぐみさんの事件が発覚した直後の当時の様子を忠実に再現するためであります。私自身も経験しましたが、通行人から悪態をつかれたシーンもよく描かれていました。
 この舞台は、今後新潟や埼玉などで上演されるほか、東京でも再演を考えているそうなので、今後の上演予定が分かりましたらお知らせします。
 余談ですが、かって刑事ドラマ「太陽にほえろ!」で"デンカ"の役をされた俳優の小野寺昭さん(横田滋さん役)と握手をしましたが、とても優しい手をされていました。

<参照URL>
劇団夜想会 http://yasokai.world.coocan.jp/framepage2.htm
小野寺 昭のホームページ http://www.h3.dion.ne.jp/~a-onoder/
川上麻衣子オフィシャルウェブ http://www.anan.ne.jp/kawakami/
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 http://www.sukuukai.jp/

十番駅頭/研究発表会/ネットワークリーブラ

 本日朝、自転車にノボリを付け、麻布十番2番口にて朝の挨拶活動「朝風」を実施致しました。

21J議282-6892.jpg 午後1時過ぎより、「平成20年・21年度 港区教育委員会研究奨励校研究奨励校発表会」視察のため、区立港南中学校を訪れました。議員以外には、行政、教育委員会、区立小中学校、PTAの各関係者も来校されました。研究発表会は、公開授業、研究発表・指導講評、講演の三部構成で行われましたが、私はこの後に港区婦人団体連絡会の新年会が控えていたため、前段の公開授業のみ視察致しました。
 公開授業の中で、必修教科が国語・理科・英語、また選択教科が技術・家庭・美術とされました。授業は港南中学校だけでなく、港南小学校3年生・5年生との交流授業とされ、中学生が小学生をリードするような形で実施されました。
 国語のテーマは百人一首。中学生が歌を詠み、現代風の意味の訳し、その内容をクイズにし、小学生に答えさせていました。
 理科のテーマは水溶液。食塩、でんぷん、砂糖を、それぞれ100gの水に溶かし、順に溶かす量を増やし、どのくらいまで溶けて行くかを記録する作業が行われました。
 英語のテーマは英語による読み聞かせ。Sunday(日曜日)からSaturday(土曜日)までスペルを当てたり、January(1月)からDecember(12月)までの季節を英語で当てたりと、クイズ形式で授業が進められました。
 選択科目では日本の伝統・文化を体験学習させることを目的に、家庭ではみたらし団子作り、美術では竹の加工、音楽では三味線の演奏が、それぞれ授業に取り入れられておりました。

 港南中学校を後にして、ネットワークリーブラ港区婦人団体連絡会の新年会にお邪魔致しました。会場は田町にある男女平等参画センター、通称リーブラでした。リーブラは、昭和55年(1980年)に港区婦人会館として設立され、その後女性センター、そして現在の男女平等参画センターと名称が変遷しましたが、このセンターを拠点に活動している女性団体の連絡会としてネットワークリーブラ港区婦人団体連絡会が活動しております。懇親会では、平均年齢75.5歳という女性グループによるハンドベルの演奏が行われていました。

 夕方より北朝鮮拉致被害者救援団体による勉強会に出席致しました。この件は明日の記事に掲載致します。

<関連URL>
港南中学校 http://www2.rosenet.ne.jp/~konan-j/
男女平等参画センター(リーブラ) http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/danzyo/danzyo/index.html

自転車遊説「旗風」始動!

21政285-6816.jpg 山本へるみによる自転車遊説「旗風」を今日から開始致しました。
 遊説には様々種類がありますが、自転車遊説とは、自転車にノボリ(旗)を付け区内を周り、あらかじめ定めたポイント毎に停車し、短時間の演説を行う遊説形態です。自転車遊説自体は以前行っておりましたが、ここ一年ほど都議選や総選挙の関係で、自分の政治活動が疎かになっておりました。このことを素直に反省し、今後は定期的に自転車遊説を行うことと致します。
 私はこのオペレーションを、旗風(はたかぜ)と名付けました。はたかぜは海上自衛隊所属の艦船名ですが、旗を付け風を切るイメージから旗風と命名しました。なお昨年まで、民主党港区支部内で行う内部通信の名称も、ひらがな標記で「はたかぜ」となっておりましたが、現在は廃止されております。
 使用するノボリも、久し振りに松下政経塾の文字が標記されている物を使用しました。今後駅頭挨拶では民主党標記、自転車遊説では松下政経塾標記の物を使用します。
 今回の遊説「旗風1号」は、外苑東通りを中心に、六本木5丁目、同7丁目内で計7箇所で実施しました。演説内容は、遊説がご無沙汰になっていたことのお詫び、民主党幹部による説明責任のあり方についてで、結果的に国民や区民の皆さんがご納得されていないのであれば、説明責任が不十分であることを訴えました。
(写真:ロアビル前で撮影したノボリの様子)

<関連URL>
◇海上自衛隊:ギャラリー(はたかぜ)
http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/dd/hatakaze/171.html

印刷工業組合新年会/チャンネル桜に出演

21J政276-6773.jpg 東京都印刷工業組合港支部新年会が、八芳園(港区白金台)に出席して参りました。
 小島猛支部長は、挨拶の中で、「景気低迷の折、より印刷組合が紙メディアとして連携し、生き残るにはどうすればいいのか。もっと日本人は自信を持っていいのではないか。結果的にダメであっても、自信をもって仕事に取り組む姿勢が大事だ。」などと述べられました(写真)。

 同支部新年会を中座し、日本文化チャンネル桜の番組「防人の道 今日の自衛隊」に、ゲストとして出演致しました。今回のテーマは、「小沢問題に揺れる与党を地方議員はどう見る?」でした。放送内容は、同テレビが動画サイトYou Tube内に設立した発信サイト「So TV」でご覧になれます。
http://www.youtube.com/watch?v=AVB-cKkpYDs&feature=youtube_gdata

<関連URL>

神戸から戻りました

 寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲号」(列車番号5032M)に乗って神戸より戻りました。この列車は、「サンライズ瀬戸号」として高松を、また「サンライズ出雲号」として出雲市をそれぞれ出発し、岡山で連結し東京に向かいます。午前0時13分に三宮駅から乗車し、午前7時8分に東京駅に着きました。

21J政277-6541.jpg 昨日は阪神淡路大震災での犠牲者への追悼の後、神戸で先祖の墓参、続いて和歌山で松下幸之助塾主(松下政経塾創設者)の墓参(左写真)をそれぞれ行い、その後再び神戸に戻りました。
 元町通り商店街は、神戸市内有数の商店街の一つです。やけに人通りが少なかったのですが、日曜の夕方ということで仕方が無いのかと思いました。同商店街にあるステーキレストランにぶらっと入り夕食を取りました。店のご主人に人通りが少ないことを尋ねると、「日曜の夕方と言うことではなく、普段から人通りが少ない。特に震災後は顕著だ。」という答えが返ってきました。叔母が生前本町で画廊を開いていた関係で、東京の人間でありながら、子供の頃から元町の活気には慣れているつもりだっただけにショックでした。震災から15年、右の写真の夜景にもあるとおり、確かに見える場所は復興しているのかもしれませんが、見えないところはまだまだであり、改めて神戸の現実を思い知らされました。

21J政277-6577.jpg 私が自分の身分を明かすと、「民主党政権になってから、景気はもっと悪化している。国会では政治とカネの話ばかりだが、まずは景気を建て直してほしい。」とも言われました。ご主人は続けて、「欧州では消費税を上げないようにして、消費を拡大している。金持ちには不利かもしれないが、まずは中流以下の人々がお金を使い易くすることが景気回復につながると思う。」さらに「今の教育も良くない。戦後日本の教育を悪くしたのは日教組だ。」とまで訴えたことが心に残りました。

 東京駅から自宅に戻り、小休止の後、東京メトロ南北線六本木一丁目2番口にて、駅頭挨拶活動を行いました。

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