趣味その他
父の墓参(10日)
父の墓をお参りしました(上写真)。
場所は、マニラ首都圏の郊外、パラニャーケ市にあるマニラ・メモリアル・パークの中です。パーク内には、27年前に暗殺されたベニグノ・アキノ元上院議員、その妻であるコラソン・アキノ元大統領のお墓もあり参拝しました。
マニラ市内に移動し、リサール公園に参りました。公園内にはフィリピン独立の英雄、ホセ・リサールの記念塔が立っております。その近くに立つ国旗掲揚塔の土台部分に、1946年独立当時の国会議員の名前が記された碑が在り、その中に私の父親の名前、ヘルミノヒルド・アティエンザの名も彫られております。彼は30代の若かりし頃、独立と建国の理想に燃え、国会議員になったのだと思いますが、同志と共に栄誉を称えられていることに感動を覚えました(中写真)。
その後観光地で有名なサンチャゴ要塞、サンオーガスティン教会を見て周りました。サンオーガスティン教会は400年前に建立された石造りの教会で、フィリピンだけでなく人類の遺産だと思いました(下写真)。
マニラより
父の墓参のため、昨日19年ぶりにマニラ入りしました。
日本人の多くが、フィリピン共和国の首都はマニラだと思いますが、英語表記ではMetro Manilaで、私流に直訳するとマニラ都になります。何だか東京都みたいですが、日本の報道機関や旅行用のガイドブック等では、大マニラ市、あるいはマニラ首都圏と表記されておりますので、ここではマニラ首都圏で統一します(因みに東京都の英語表記は、Tokyo Metropolitanです)。
東京都が23区や26市等で構成されているように、マニラ首都圏も17の市から構成されております。大統領官邸を初め行政機関が集中するマニラ市、大日本帝国の統治が終わり1946年の独立から1976年まで首都が置かれていたケソン市、金融などビジネスの拠点となっているマカティ市、ニノイ・アキノ国際空港や日本大使館が在るパサイ市などが在り、各市にはそれぞれ市庁と市議会が置かれています。
ソフィテル・フィリピン・プラザホテル・マニラ(旧フィリピン・プラザホテル)にチェックインしました。玄関では宿泊客でも来場者でも構わずセキュリティ・チェック(保安検査)を受けましたが、こんなことは初めてです。そして晴れて入館すると、玄関で民族衣装を着た女性従業員が、相手が日本人でも韓国人でも欧米人でも構わず、「ボンジュール」と声をかけて来ました。フィリピンなのに何でフランス語なのかと思いきや、このホテルは何年か前にフランス資本の傘下になっていたのが理由のようです。
宿泊客には全員ICカードが手渡されます。ドアキーのためかと初め思いましたが、それだけではなく、エレベータもこのカードが無ければ動かない仕組みで、不特定多数が出入りする可能性があるホテルでありながら、おそらくは保安上の理由かとも思いますが、その不特定多数を規制する経営上の思惑を感じました。
チェックイン後、鉄道ファンの血が騒いだか、首都圏内を走る鉄道MRT3(Metro Rail Transit Line 3)に乗りました。1991年に来比した際は、高架鉄道はLRT1(Light Rail Transit 1)の一路線しか運航していませんでしたが、現在は3路線が運行されています。
始発駅であるタフトアベニュー駅では、乗車券購入前に乗客は全員セキュリティチェックを受けました。これも以前は無かった現象です。また乗車券販売窓口が少ないため長蛇の列が出来ていました。 車両はドイツ製で、一応エアコンも作動しているはずですが、あまりに多くの乗客がいるため、車内は息苦しい環境でした。
このMRT3でオルティガスに行きました。17市の一つマンダルーヨン市にあるオルティガスは、1990年代以降、マカティ市に次ぐビジネスセンターとして急成長している地域ですが、1986年のエドュサ革命(日本ではフィリピン革命と呼ばれますが)の際、この地区を走るエドュサ通りからマラカニアン宮殿(大統領官邸)へ人々の行進が行われ、それを記念して、1989年に新たにエドュサ教会が建立されました。
MRT3でアヤラ駅まで戻りました。アヤラはフィリピンの財閥の名前で、現在のマカティ市も、元々はアヤラ家の所有地であったと言われております。そのせいか同市のメインストリートはアヤラ通りと呼ばれております。同市にあるインターコンティネンタルホテルは思い出の場所。幼年期にこのホテルにあるレストラン「ジープニーバー」でよく食事をしました。店内にジープニー(米軍ジープを改造した小型バス)を模した座席が置かれているのが特徴のはずだったのですが、ジープニー席は既に撤去され、車両のパーツのみが店内の壁に貼られているだけで残念。
ホテル周辺は、昔は大きな駐車場と大型免税店が一軒あるだけの簡素な環境でしたが、現在はショッピングセンターも複数立ち並び、自動車も増え、鉄道まで走っている状態で、混沌とした街に変貌してしまいました。変わったといえば、かってマニラ湾沿いを走っていたロハス大通りは、椰子の木が立ち並び、フィリピンないしはマニラを象徴する景観でしたが、海は埋め立てられ、木々は切り取られ、単なる大通りに変わっていました。日本で言われているような景観も何もあったものではありません。
夜ホテルに、従兄弟で元マニラ市長のリト・アティエンザ氏が訪ねて来ました。マニラ圏内で一日感じたことですが、空港は当然としても、ホテルも公共交通機関も、果ては飲食店に至るまで、保安検査が徹底され、良しも悪しきもノー天気なフィリピン社会が、何か安全に対して神経質になっているムードについて、彼に疑問をぶつけてみました。「今はテロの時代。全てテロが原因だ。治安も良くない。」という答えが返ってきました。
およそ20年ぶりのマニラですが、アロヨ政権下で都市の開発が進む一方、治安悪化に神経を使わなければならない空気を感じました。今年5月には、大統領選挙が行われますが、この国の針路に関心を持ち続けたいと思いました。そして今日、墓参を終えたところですが、その様子は明日以降に掲載します(明日10日に帰国します)。
外事警察
先月、麻生幾著「外事警察」(NHK出版)を読みました。最近は警察小説が流行のようですが、この本は刑事ではなく公安が活躍するストーリーです。
主人公の住本健司警部補は、警視庁公安部外事第三課の作業班長。大量破壊兵器製造に関わるシステムの資料を盗み出そうとした外国人テロリストの男が、住本班により逮捕された。そのテロリストと関係のあった女の自室から見つかった暗号リストに在った同じ番号の車が、三重県内で見つかる。一方ヨルダンの首都アンマンで爆破テロが発生、その二日後、日本人の男の惨殺死体が発見された。男は警察庁国際テロリズム対策課から派遣されていた"作業員"で、住本の友人であった。その頃日本政府は、政界再編への予兆をはらみながら、ある国への復興支援法案を成立させようとしていた。これらの事実がつき合わさった時、日本と言う国家までもが、テログループ、引いては大国により翻弄されていた事実が明らかにされる。
こういったあらすじですが、この「外事警察」、今月14日よりNHK土曜ドラマで放送される予定です。ドラマのサイトを見ますと、どうやら原作に比べストーリーや登場人物の設定を変えたり、外事第4課という架空のセクションを登場させるなどの工夫をしているようで、放送が楽しみです。
※外事警察公式サイト http://www.nhk.or.jp/dodra/gaiji/index.html
本日、麻布十番駅1番口にて、駅頭活動(あいさつ活動)を行いました。
サンライズ出雲に乗車
松下政経塾の後輩が立候補した選挙応援(詳細後日)のため、島根県に行き、帰路寝台特急サンライズ出雲で東京へ戻って参りました。
出雲市駅を18時55分に出発したサンライズ出雲は、岡山駅で四国方面からのサンライズ瀬戸と連結し、翌朝7時8分東京に到着する寝台特別急行列車です。
ところが深夜から未明にかけ、東海道線で人身事故が発生し、2時間遅れとなりました。しかも神奈川県内に入り、東海道線の朝ラッシュと重なったため、横浜駅手前で普段通らない東海道貨物線に入線し、そのまま品川駅に9時過ぎに到着したところで運行中止となりました。
JR木次線出雲三成駅のプラットホーム。ここから1両編成のディーゼル車に乗り、宍道駅へ向かいました。
特急やくも。宍道駅で山陰本線に乗り換え、出雲駅まで乗車致しました。
出雲駅に入線して来る寝台特急サンライズ出雲。
サンライズ出雲のネームプレート。
使用したサンライズ出雲7号車4番。B寝台シングル。サンライズではB寝台は開放型でなく個室型となっております。
翌朝の日の出の様子。場所は天竜川鉄橋か。
第5共和国(その3)
韓国文化放送のドラマ「第5共和国」の第5・第6話からです。
戒厳令布告後、次第に権力を掌握しつつある全斗煥(チョン・ドュファン)保安司令官(陸軍少将)と、この動きを抑えようとする鄭昇和(チョン・スンファ)陸軍参謀総長(陸軍大将)の対立が激化し、さらにそれぞれを支持する軍将官達も加わり、派閥争いの様相を呈してきます。
全司令官は、各部(各省庁)の次官を集めて次官会議を開き、戒厳司令官である鄭総長に上げる報告を峻別、さらには青瓦台(大統領官邸)で押収した資金を勝手に分配するなど、独断による行動が目立ち、鄭総長に疎んじられるようになります。先回も書いたとおり、番組は盧武鉉政権下で、左派色が反映されている部分も在ります。ストーリ上、全司令官が悪く描かれていますが、この辺りは全氏なりの考えや意見も考察する必要が在りそうです。
例えば独裁者としてのイメージが強い朴大統領でしたが、自分や家族には財産は残しておらず、青瓦台を出て行くなど遺族の今後の生活を慮った全司令官が、押収した資金の一部を長女の朴槿恵(パク・クネ)氏に渡すシーンが在ります。朴氏は受け取りを拒みますが、貧しい国を豊かにした朴大統領の功績を考えれば、国民も理解してくれるはずと諭され受け取ります。
因みに朴槿恵氏は1998年に国会議員に当選し、2007年には大統領候補にもなlりました。
さて鄭総長は独断横行する全司令官を左遷しようと画策し始めます。盧載鉉(ノ・ジェヒョン)国防部長(国防長官)にも協力を求めますが、優柔不断な盧部長は耳を傾けようとしません。
一方鄭総長派の動きを察知した全司令官派は、逆に鄭総長に朴大統領暗殺事件に加担したとして内乱幇助(ナイランパンジョ)の罪を着せ逮捕しようと計画します。
後に12・12(シビ・シビ)事件と呼ばれるクーデターです。全派には軍内部組織「ハナ会」のメンバーが結集、ソウル市内にある景福宮(ギョンブクガン)に駐屯する第30警備団司令部が拠点になります。陸軍参謀総長を逮捕する場合は、事前に大統領から逮捕許諾を得なければなりませんが、全派は許諾と逮捕を同時進行させようとします。
かくして1979年(昭和54年)12月12日、全斗煥司令官は逮捕許諾のため青瓦台へ、全司令官の部下の許三守(ホ・サムス)保安司令部人事処長(陸軍大佐)は鄭昇和陸軍参謀総長連行のため同総長の公邸に向かいました。許大佐には陸軍第33憲兵隊が同行し公邸を占拠し、大統領による逮捕許諾が得られないまま鄭総長を連行しました。連行直後、公邸占拠部隊と、いち早く駆け付けた韓国海兵隊との間で銃撃戦が始まりました。
青瓦台では、中々逮捕許諾に応じようとしない崔圭夏(チェ・ギュハ)大統領と全司令官との間で、交渉が続いていました。
第5共和国(その2)
韓国文化放送のドラマ「第5共和国」の第3話と第4話を鑑賞しました。
先日掲載のとおり、このドラマは2005年に放映され、1979年の朴大統領暗殺事件から全斗換少将が政権を掌握するまでのストーリーです。放映当時は盧武鉉政権下にありました。韓国ではテレビ局は、時の政府の影響下に置かれています。従って左派政権の影響も色濃く反映されている部分を認識して見る必要がありそうです。
大統領逝去後、崔圭夏国務総理が大統領代行に就任し、戒厳令が布告されます。韓国の政体はフランスに似ており、大統領が国家元首として対外的な顔であるとすれば、国務総理は対内的なまとめ役といったポジションに当たります。
ドラマでは崔代行は日和見で無責任な指導者として描かれ、戒厳司令部と合同捜査本部が実権を掌握していく様子が描かれております。その合同捜査本部長が、後に大統領になる全斗換国軍保安司令官(陸軍少将)です。捜査の過程で、政治家や軍の幹部が賄賂などで篭絡され腐敗している現状に、全司令官とその側近は義憤を抱くようになります。また暗殺現場に戒厳司令官がいたことなどが明らかとなり、やがて両者は対立関係になります。
全将軍は、朴大統領が育てた忠臣でした。祖国を建て直すのは自分しかいないという思いからか、それとも権力志向からかは分かりませんが、徐々に全司令官は独断で政治に関与するようになります。日本の毎日新聞が、全将軍が権限を掌握しつつあるとの記事を掲載したという場面も登場しました。
暗にクーデターを即す側近達に対し、軽挙妄動を諫め、「勝負をするなら勝つ勝負をしろ。チャンスを掴むのも大事だが、待つのも大事だ。戦争をするなら時を考えろ。」というシーンが在りますが、印象に残りました。
ところでアメリカは、CIA韓国支部を中心に、事件発生後の早い時期から情勢把握に努め、正式発表よりも前に朴大統領の死亡、強硬派の台頭、などの情報を確認し本国に打電していました。暗殺事件に米国が関与しているのか否か、今もって推測するしかないというのが番組の結論でした。
第5共和国(その1)
お正月のテレビ番組欄を見ると、多くがお笑い芸人の番組ばかりです。面白い物も在りましたが、同じような番組が続くと空いてきます。
というわけで、一昨日、箱根駅伝往路の応援の後、神谷町交差点にあるレンタルDVD店TSUTAYAに行きました。私の場合ジャンルは、アニメ・韓流ドラマ・24に代表される洋風アクション物が多いのですが、今回もアニメ「攻殻機動隊」と韓流ドラマ「ホテリア」と「第5共和国」を借りてきました。中でも第5共和国がメチャクチャ面白い!
70年代末から80年代初頭にかけ韓国で実際に起きた動乱をドラマ化。2005年(平成17年)4月から、韓国の文化放送(MBC)で放送されました。同年夏、私はソウルにおりましたが、この番組のポスターを街中で見たことがあります。ドラマでは、朴正煕大統領が暗殺され、後に大統領となる全斗煥陸軍少将(国軍保安司令官)が実権を掌握するまでが描かれています。
因みに第5共和国とは、全斗煥氏が大統領に就任した1981年(昭和56年)3月から1988年(昭和63年)2月までの大韓民国の政体です。
今回は第1話と第2話を鑑賞しましたが、朴大統領が宴席で、金載圭KCIA(韓国中央情報部)部長によって殺害され(10.26事件)、韓国陸軍は正確な事態を把握できないまま、一部の部隊が青瓦台(大統領官邸)を包囲し、崔圭夏国務総理による集団指導体制が形作られるところまでが描かれています。
当時地方都市の釜山や馬山で朴政権に対する反政府暴動が勃発し、金部長は事態の深刻さを認識しつつも大統領に上申できず、また大統領も事態を過小評価していました。さらに車智徹大統領警護室長が大統領に取り入ろうとし、本来年上である金部長を愚弄するなどしていました。金部長は、やがてノイローゼとなり、失脚するのではないかと思いつめるようになります。遂には憎悪の対象である車室長だけでなく、朴大統領まで殺害してしまいました。
リーダーの状況判断能力の低下、あるいは部下の上申を聞き入れない愚かさ、そして悲劇を感じました。ドラマを見る限り、追い詰められ、上官(大統領)に意見を具申できず、年下の者(警護室長)に反論も出来ない金部長には、同情と共に怒りを感じました。
これから全斗煥国軍保安司令官が、いかにして政権を掌握していくのか興味が有りますが、非常事態において、沈着冷静に考察し行動できる人物こそが指導者としてふさわしいと思います。今後もドラマの感想を述べて参りたいと思います。
たまには・・・(ブラッディ・マンデイより)
いつも固い話を投稿しておりますので、たまには趣味の話を入れてみたいと思います。最近ハマッているドラマがブラッディ・マンデイ。毎週土曜日、7時56分よりTBS系列局で放送しております。
まずはあらすじから。
ロシアの諜報員が、ある日本人の女を追跡中に殺された。ロシアで行われた密売取引で殺人ウィルスを手に入れた女の目的は、日本で細菌テロを起こすことだった。
日本側で捜査に当たる警察庁警備局公安特殊第三課(通称:サードアイ、またの名はマルサン)は、ある高校生に捜査協力を依頼する。見た目は普通の高校生だが、実はファルコンと呼ばれるハッカーだった。依頼内容は、ロシア軍事施設のコンピューターへのハッキング。やがてこの高校生の元にもテロリストの影が忍び寄る・・・。
お気づきの方もおられるかと思いますが、ストーリーからして、私が関心を持たないはずが無い内容です。原作は週刊少年マガジンに連載中。
原作自体を目にしたことはありませんが、上記のようなあらすじと、我が愛しき片瀬那奈さんが出演しているという極めて短絡的な理由で鑑賞しています。
昨日の放送では、最後その片瀬さん演じる特殊三課捜査官、宝生小百合が自決するシーンで幕を閉じました(因みにロケ地は、港区海岸3丁目に在る芝浦へリポート)。宝生は陸上自衛隊から警察庁へ出向していたのですが、実はテログループに内通していたスパイ。同じく自衛官であった兄が、汚職の濡れ衣を着せられ自殺し、祖国に恨みを抱く。その心の隙をテログループにつけ入れられたという設定。
死の直前、宝生は「この国は腐っている。」と叫びます。現在の世相を反映しているかのようなセリフでした。
趣味のはずが、やはり固い内容になりましたかな。
番組公式サイト URL http://www.tbs.co.jp/bloody-monday/
